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商伽経(チャンキー・スッタ)

仏教

真理の獲得



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、コーサラ国にある、
オーパサーダという村に、止まっておられた。
そこには、チャンキーという、バラモンが居た。

チャンキーが、ゴータマの名声を聞き付け、
仏陀の所に、自分から会いに行こうとすると、
彼から来させるべきだと、弟子達が引き止めた。

「あなたは、パセーナディ王に崇拝されて、
この村を、王から与えられた主人であります。
あなたから、会いに行くのは、適っていません。」

「ゴータマは、パセーナディ王に崇拝され、
ビンビサーラ王にも崇拝される、聖者である。
主人が、客人を迎えに行くことは、適っている。」

こうして、チャンキーは、弟子を引き連れ、
仏陀の止まる所を訪れると、恭しく挨拶した。
仏陀は、チャンキー達と、快い会話を交わした。

そこには、カーパティカという青年が居た。
彼は、十六歳であったが、ヴェーダに精通し、
若いながら、他のバラモンから認められていた。

カーパティカは、進み出て、このように言った。

「ゴータマよ、バラモンは、教典を読むと、
これは正しくて、他のものは誤まりであると、
必ず、このような、正しい見解に至るものです。」

「ヴェーダに、その通り書いて在ったのか。
これは正しくて、他のものは誤まりであると。」
「いいえ、書いていません、そう思うだけです。」

「バラモンに、その通り尋ねて回ったのか。
これは正しくて、他のものは誤まりであると。」
「いいえ、尋ねていません、そう思うだけです。」

「即ち、尋ねもしないし、確かめもしない。
汝は、信じ込んでいて、思い込んでいるのみ。
汝らは、法を修めず、法に治められているのみ。」

「あたかも、目が見えない人が、列に並び、
前の人は見えていると、思い込む様なものだ。
前の人も見えていないと、思い知る時がこよう。」

「カーパティカよ、真理を守る者たるもの。
これは正しくて、他のものは誤まりであると、
このように、根拠なく、思い込んではならない。」

 

第二章

「それでは、真理を守る者とは、何ですか。
何を守るなら、真理を護ることになりますか。
ゴータマよ、真理を守る者とは、何でしょうか。」

「解るとは、分別を持っていることであり、
知らないとは、分別を持ってないことである。
知っていて、解かっても、囚われない者である。」

「三毒を知らなければ、三毒に囚われない。
三毒を知っていても、三毒に囚われないよう、
三毒について考え、分別を得ていることである。」

「それでは、真理を悟る者とは、何ですか。
何を悟るなら、真理を覚ることになりますか。
ゴータマよ、真理を悟る者とは、何でしょうか。」

「悟るとは、実感を伴っていることであり、
行わないとは、実感を伴ってないことである。
悟っていて、行なっても、囚われない者である。」

「三毒を治めなければ、三毒に囚われない。
三毒を収めていても、三毒に囚われないよう、
三毒について覚め、超然としていることである。」

 

第三章

「それでは、真理を得る道とは、何ですか。
何を得るなら、真理を選ることになりますか。
ゴータマよ、真理を得る道とは、何でしょうか。」

「真理を得るには、精進を選るべきである。」
「それならば、精進を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、精進を選ることになりますか。」

「精進を得るには、熟考を選るべきである。」
「それならば、熟考を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、熟考を選ることになりますか。」

「熟考を得るには、敢行を選るべきである。」
「それならば、敢行を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、敢行を選ることになりますか。」

「敢行を得るには、意欲を選るべきである。」
「それならば、意欲を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、意欲を選ることになりますか。」

「意欲を得るには、正思を選るべきである。」
「それならば、正思を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、正思を選ることになりますか。」

「正思を得るには、正見を選るべきである。」
「それならば、正見を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、正見を選ることになりますか。」

「正見を得るには、多聞を選るべきである。」
「それならば、多聞を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、多聞を選ることになりますか。」

「多聞を得るには、傾聴を選るべきである。」
「それならば、傾聴を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、傾聴を選ることになりますか。」

「傾聴を得るには、崇敬を選るべきである。」
「それならば、崇敬を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、崇敬を選ることになりますか。」

「崇敬を得るには、親交を選るべきである。」
「それならば、親交を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、親交を選ることになりますか。」

「親交を得るには、信心を選るべきである。」
「それならば、信心を得る道とは、何ですか。
何を得るならば、信心を選ることになりますか。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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