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怖駭経(バヤベーラヴァ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
そこに、ジャーヌッソーニが訪れ、こう尋ねた。

「ゴータマよ、寂しい森に、独りで座れば、
私は恐怖を感じて、集中を欠いてしまいます。
仏陀の弟子の方々は、如何ですか、平気ですか。」

「バラモンよ、確かに、森の中は耐え難い。
私も、まだ、菩薩の時は、そう考えたものだ。
それでは、如何なる場合に、恐怖を感じるのか。」

「第一に、身業が清浄でない、場合である。
他を殺めたからには、己も危められるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第二に、口業が清浄でない、場合である。
他を害したからには、自らも害されるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第三に、心業が清浄でない、場合である。
他を憎んだからには、自らも憎まれるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第四に、生活が清浄でない、場合である。
悪を好んだからには、悪から好かれるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第五に、貪欲が滅尽しない、場合である。
貪りに囚われたから、貪りに捕われるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第六に、瞋恚が滅尽しない、場合である。
怒りに囚われたから、怒りに捕われるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第七に、愚痴が滅尽しない、場合である。
迷いに囚われたから、迷いに捕われるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第八に、精神が病気である、場合である。
怠惰に囚われたから、怠惰に捕われるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第九に、身体が病気である、場合である。
懈怠に囚われたから、懈怠に捕われるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「第十に、利己が滅尽しない、場合である。
他を貶めたからには、他に貶められるだろう。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「十一に、集中が持続しない、場合である。
右に向うと左に向いて、左に向うと右に向く。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

「十二に、智慧を具足しない、場合である。
無い物を有ると言って、有る物を無いと言う。
彼は、暗闇を見て、自らの心を映し見てしまう。」

 

第二章

「バラモンよ、その昔、私は、こう考えた。
恐怖から逃げると、恐怖が大きくなっていく。
それなら、恐怖に向かうと、如何なるだろうか。」

「バラモンよ、私が、まだ、菩薩だった頃、
私は、独りで森に向かい、恐怖の味を求めた。
すぐに、恐怖が近づいたが、私は逃げなかった。」

「即ち、立ち去ることで、逃げることなく、
又は、眠りに落ちることで、逃げることなく、
菩薩は、只管、恐怖を味わい、恐怖を見つめた。」

「バラモンよ、そして、私は、こう悟った。
逃げるほど闇になり、向かうほど光になると。
即ち、恐怖とは、自らの心の闇に他ならないと。」

「バラモンよ、そして、私は、こう願った。
他の苦から逃げていたが、他の苦を認めよう。
涅槃は、利己の中には無い、利他の中に有ると。」

「バラモンよ、これが、菩薩の発願である。
それからは、利他を念じて、四禅を修習した。
それでは、この四つの禅とは、如何なるものか。」

「第一の禅とは、思いが有り、考えが有り、
欲を捨てて生じる、歓喜を体験する禅である。
その時、全身は、無欲の歓喜で満たされている。」

「その時、菩薩の意識は、慈に満たされる。
菩薩は、己を慈しむように、他を愛するため、
色界の初禅天である、梵天界に止まるのである。」

「第二の禅とは、思いが無く、考えが無く、
想を捨てて生じる、歓喜を体験する禅である。
その時、全身は、無想の喜楽で満たされている。」

「その時、菩薩の意識は、悲に満たされる。
菩薩は、己を悲しむように、他を哀れむため、
色界の二禅天である、光天界に止まるのである。」

「第三の禅とは、正念が有り、正知が有る
喜を捨てて生じる、大楽を体験する禅である。
その時、全身は、無喜の大楽で満たされている。」

「その時、菩薩の意識は、喜に満たされる。
菩薩は、自らを歓ぶように、周りを喜ぶため、
色界の三禅天である、浄天界に止まるのである。」

「第四の禅とは、大楽が無く、清浄が有る、
楽を捨てて生じる、空性を体験する禅である。
その時、全身は、無楽の空性で満たされている。」

「その時、菩薩の意識は、捨に満たされる。
菩薩は、己を超えるように、他を越えるため、
色界の有頂天である、色究竟天に至るのである。」

 

第三章

「バラモンよ、これが、菩薩の色界である。
それからは、菩提を念じて、三明を修得した。
それでは、この三つの明とは、如何なるものか。」

「第一に、過去の智である、宿命通である。
菩薩は、一、十、百、千の過去世を思い出し、
如何なる業が、如何なる命を宿すか、証知する。」

「第二に、未来の智である、天眼通である。
菩薩は、一、十、百、千の未来世を透し見て、
如何なる業が、如何なる生を課すか、証知する。」

「第三に、現在の智である、漏尽通である。
菩薩は、一、十、百、千の漏煩悩を見て取り、
如何なる業が、如何なる漏を生むか、証知する。」

「バラモンよ、これが、菩薩の菩提である。
それからは、済度を念じて、解脱を修得した。
それでは、この三つの解脱は、如何なるものか。」

「第一に、欲界の漏れ、欲漏の解脱である。
欲望を捕えるものは、欲界に捕われてしまい、
欲望を捉らえるものは、欲界に囚われなくなる。」

「第二に、色界の漏れ、有漏の解脱である。
生存を捕えるものは、色界に捕われてしまい、
生存を捉らえるものは、色界に囚われなくなる。」

「第三に、無色の漏れ、無漏の解脱である。
無明を捕えるものは、無色に捕われてしまい、
無明を捉らえるものは、無色に囚われなくなる。」

「婆羅門よ、汝は、こう思うかもしれない。
仏陀は、彼岸に至っていると、言っているが、
実際には、此岸に止まっている、ではないかと。」

「婆羅門よ、汝は、そう考えてはならない。
私が、涅槃に逃げず、輪廻に残っているのは、
他でもない、利己の為でなく、利他の為である。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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