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賢愚経(バーラパンディタ・スッタ)

仏教

愚者と賢者



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章 |  第五章 |  第六章 |  第七章 |  第八章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、愚者の特徴として、三つがある。
それでは、この三つの特徴は、如何なるものか。

第一に、その心に於いて、悪い思念を抱くこと。
第二に、その口に於いて、悪い言葉を言うこと。
第三に、その身に於いて、悪い行為を為すこと。」

「比丘達よ、これら三つの特徴を満たす者を、
諸々の賢者は、愚か者と、呼んでいるのである。」

 

第二章

「比丘達よ、愚か者は、この現世に於いて、
賢者にはない、三つの禍患を味わうのである。
それでは、一つ目の禍患とは、如何なるものか。」

「彼は戒律を守るが、私は戒律を護らない。
このように、他人を捉えて、自分を捕らえる。
比丘達よ、これこそ、愚者の第一の禍患である。」

「比丘達よ、愚か者は、この現世に於いて、
賢者にはない、三つの禍患を味わうのである。
それでは、二つ目の禍患とは、如何なるものか。」

「彼が刑罰を受ければ、私も刑罰を受ける。
このように、他人を捉えて、自分を捕らえる。
比丘達よ、これこそ、愚者の第二の禍患である。」

「比丘達よ、愚か者は、この現世に於いて、
賢者にはない、三つの禍患を味わうのである。
それでは、三つ目の禍患とは、如何なるものか。」

「過去に悪因を為した、未来に悪果が返る。
このように、過去を捉えて、未来を捕らえる。
比丘達よ、これこそ、愚者の第三の禍患である。」

 

第三章

「比丘達よ、愚者は、身に於いて悪を為し、
口に於いて悪を為して、心に於いて悪を為す。
その身が壊れて死んだ後、彼は地獄に転生する。」

すると、ある比丘が、このように仏陀に尋ねた。

「尊師よ、地獄界とは、如何なる世界ですか。
尊師よ、わたしのために、比喩を用いて下さい。」

「喩えるなら、比丘よ、罪人が捕えられて、
王の眼前に引き出されて、刑罰を受けていた。
生きないよう、死なないよう、何度も殺される。

朝に、百回、刀で刺したら、どうなるだろうか。
昼に、百回、刀で刺したら、どうなるだろうか。
夜に、百回、刀で刺したら、どうなるだろうか。」

「尊師よ、只の一回だけ、刀で刺されても、
それは、相当な苦悩が、生じることでしょう。
ましてや、それを三百回とは、想像が付かない。」

そして、仏陀は、拳大の小石を拾って、言った。

「この石と、あの山では、どちらが大きいか。」
「尊師よ、言うまでもなく、あの山でしょうか。」

「比丘達よ、刑罰の苦悩と、地獄の苦悩では、
まさしく、これぐらいの、違いがあるのである。」

「比丘達よ、地獄の獄卒は、五つの刑罰を行う。
第一に、大きな釘を使い、五体を突き通していく。
第二に、大きな斧を使い、四肢を切り落していく。
第三に、大きな火の山を、何度も上り下りさせる。
第四に、大きな釜に入れ、身体を煮て崩していく。
第五に、大きな壁の中で、業火で追い回していく。」

「比丘達よ、彼らは、激しい苦痛を受ける。
結局、地獄の苦しみを、言葉で表現できない。
しかも、悪が尽きない限り、その命は尽きない。」

 

第四章

「比丘達よ、草を食べる、動物の種がある。
愚か者の中で、食べ物の味に、囚われた者は、
その身が壊れて、死んだ後、畜生界に転生する。」

「比丘達よ、糞を食べる、動物の種がある。
愚か者の中で、食べ物の味に、囚われた者は、
その身が壊れて、死んだ後、畜生界に転生する。」

「比丘達よ、闇に生きる、動物の種がある。
愚か者の中で、食べ物の味に、囚われた者は、
その身が壊れて、死んだ後、畜生界に転生する。」

「比丘達よ、水に生きる、動物の種がある。
愚か者の中で、食べ物の味に、囚われた者は、
その身が壊れて、死んだ後、畜生界に転生する。」

「比丘達よ、汚物を喜ぶ、動物の種がある。
愚か者の中で、食べ物の味に、囚われた者は、
その身が壊れて、死んだ後、畜生界に転生する。」

「比丘達よ、彼らは、激しい苦痛を受ける。
結局、畜生の苦しみを、言葉で表現できない。
しかも、悪が尽きない限り、その命は尽きない。」

 

第五章

「比丘達よ、ここに、一匹の盲の亀が居て、
百年間に一度、海の上に顔を出し、息をする。
そして、海の上には、一つの輪が浮かんでいる。」

「その盲の亀が、その輪の中に、頭を出す。
比丘達よ、その確率とは、どれほどだろうか。
愚者が、真理に会う確率も、これと同じである。」

「というのも、愚かな衆生は、目が見えず、
悪趣を抜け出す、法の実践がないからである。
彼らは、悪業に悪業を重ねて、悪趣を輪廻する。」

「喩えるなら、博打に負けて、財産を失い、
全て失って、なお、自分を賭けるようである。
これが、悪業に悪業を重ねる、愚者の道である。」

 

第六章

「比丘達よ、賢者の特徴として、三つがある。
それでは、この三つの特徴は、如何なるものか。

第一に、その心に於いて、善い思念を抱くこと。
第二に、その口に於いて、善い言葉を言うこと。
第三に、その身に於いて、善い行為を為すこと。」

「比丘達よ、これら三つの特徴を満たす者を、
諸々の賢者は、賢い者と、呼んでいるのである。」

 

第七章

「比丘達よ、賢い者は、この現世に於いて、
愚者にはない、三つの味著を味わうのである。
それでは、一つ目の味著とは、如何なるものか。」

「彼は戒律を守るから、私も戒律を護ろう。
このように、他人を捉えて、自分を捕らえる。
比丘達よ、これこそ、賢者の第一の味著である。」

「比丘達よ、賢い者は、この現世に於いて、
愚者にはない、三つの味著を味わうのである。
それでは、二つ目の味著とは、如何なるものか。」

「彼は刑罰を受ける、私は刑罰を受けまい。
このように、他人を捉えて、自分を捕らえる。
比丘達よ、これこそ、賢者の第二の味著である。」

「比丘達よ、賢い者は、この現世に於いて、
愚者にはない、三つの味著を味わうのである。
それでは、三つ目の味著とは、如何なるものか。」

「過去に善因を為した、未来に善果が返る。
このように、過去を捉えて、未来を捕らえる。
比丘達よ、これこそ、賢者の第三の味著である。」

 

第八章

「比丘達よ、賢者は、身に於いて善を為し、
口に於いて善を為して、心に於いて善を為す。
その身が壊れて死んだ後、彼は天界に転生する。」

すると、ある比丘が、このように仏陀に尋ねた。

「尊師よ、天人界とは、如何なる世界ですか。
尊師よ、わたしのために、比喩を用いて下さい。」

「喩えるならば、比丘よ、転輪聖王である。
四方を支配する転輪王には、七つの宝がある。
それでは、この七つの宝とは、如何なるものか。

第一に、四方に法則の輪が転がる、輪宝である。
第二に、ウポーサタという象の王、象宝である。
第三に、ヴァラーハという馬の王、馬宝である。
第四に、昼のように光り輝く宝石、珠宝である。
第五に、天女のように美しい女性、女宝である。
第六に、王を支える無尽の富豪、居士宝である。
第七に、王に仕える無敵の軍隊、主兵宝である。」

「喩えるならば、比丘よ、転輪聖王である。
クシャトリアの灌頂王には、四つの力がある。
それでは、この四つの力とは、如何なるものか。

第一に、蓮華の如き、最上の容姿を持っている。
第二に、誰にも勝る、最長の寿命を持っている。
第三に、病に罹らない、健全な体を持っている。
第四に、皆に愛される、良好な縁を持っている。」

「尊師よ、只の一個でも、宝を有するなら、
それは、相当な悦楽が、生じることでしょう。
ましてや、それを複数個とは、想像が付かない。」

そして、仏陀は、拳大の小石を拾って、言った。

「この石と、あの山では、どちらが大きいか。」
「尊師よ、言うまでもなく、あの山でしょうか。」

「比丘達よ、聖王の悦楽と、天界の悦楽では、
まさしく、これぐらいの、違いがあるのである。」

「資産家が善業を積んで、転輪王に生まれ、
その転輪王が善業を積んで、天人界に生れる。
天界の喜びは、人界の喜びの、比較にならない。」

「喩えるなら、博打に為さず、仕事を続け、
全て終えて、なお、仕事を続けるようである。
これが、善業に善業を重ねる、賢者の道である。」


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