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アッパンナカ経(アッパンナカ・スッタ)

仏教

堅実な教え



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、大勢の比丘と共に、
コーサラ国にある、サーラーを遊行していた。
そこに、バラモンが訪れて、このように言った。

「世尊よ、我々には、根拠のある信がなく、
信頼のある教えを、学んだことがありません。
世尊よ、どのような教えが、堅実な教えですか。」

「婆羅門よ、根拠のある、真の教えであり、
堅実と、呼ぶことが出来る、五つの法がある。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法は、布施に果があると説く、法である。
第二の法は、行為に果があると説く、法である。
第三の法は、煩悩に因があると説く、法である。
第四の法は、無色の界があると説く、法である。
第五の法は、涅槃の地があると説く、法である。」

「婆羅門よ、根拠のない、邪な教えであり、
不実と、呼ぶことが出来る、五つの業がある。
それでは、この五つの業とは、如何なるものか。

第一の業は、布施に果があると説く、業である。
第二の業は、行為に果があると説く、業である。
第三の業は、煩悩に因があると説く、業である。
第四の業は、無色の界があると説く、業である。
第五の業は、涅槃の地があると説く、業である。」

 

第二章

「婆羅門よ、分別のある、真の教えにより、
世間の中には、苦で分けて、四種の人がいる。
それでは、この四種の人とは、如何なるものか。

第一は、己を苦しめて、他を苦しめる者である。
第二は、己を苦しめず、他を苦しめる者である。
第三は、他を苦しめず、己を苦しめる者である。
第四は、他を苦しめず、己を苦しめぬ者である。」

「一体、自己を苦しめる者とは、誰の事か。
比丘達よ、苦行を修める者が、存在している。
彼らは、己を苦しめながら、苦に溺れてしまう。」

「一体、他者を苦しめる者とは、誰の事か。
比丘達よ、狩猟を行なう者が、存在している。
彼らは、他を苦しめながら、苦に溺れてしまう。」

「一体、自他を苦しめる者とは、誰の事か。
比丘達よ、供儀を行なう者が、存在している。
彼らは、自と他を苦しめて、苦に溺れてしまう。」

「一体、自他を苦しめない者は、誰の事か。
比丘達よ、梵行を修める者が、存在している。
彼らは、自と他を安らがせ、苦を越えてしまう。」

 

第三章

「婆羅門よ、僧侶たる者、戒を守りなさい。
仏陀の、弟子が護っている、十つの戒がある。
それでは、この十つの戒とは、如何なるものか。

第一の戒は、殺生を禁じる、不殺生の戒である。
第二の戒は、偸盗を禁じる、不偸盗の戒である。
第三の戒は、邪淫を禁じる、不邪淫の戒である。
第四の戒は、虚言を禁じる、不妄語の戒である。
第五の戒は、冗談を禁じる、不綺語の戒である。
第六の戒は、悪口を禁じる、不悪口の戒である。
第七の戒は、陰口を禁じる、不両舌の戒である。
第八の戒は、貪欲を禁じる、不慳貪の戒である。
第九の戒は、瞋恚を禁じる、不瞋恚の戒である。
第十の戒は、愚痴を禁じる、不邪見の戒である。」

「婆羅門よ、僧侶たる者、根を守りなさい。
仏陀の、弟子が護っている、六つの根がある。
それでは、この六つの根とは、如何なるものか。

第一の根は、眼により色を感じる、眼根である。
第二の根は、耳により声を感じる、耳根である。
第三の根は、鼻により香を感じる、鼻根である。
第四の根は、舌により味を感じる、舌根である。
第五の根は、身により触を感じる、身根である。
第六の根は、意により法を感じる、意根である。」

「婆羅門よ、僧侶たる者、境を智りなさい。
仏陀の、弟子が念じている、六つの境がある。
それでは、この六つの境とは、如何なるものか。

第一の境は、何を見ているのか、いつも念じよ。
第二の境は、何を聞いているか、いつも念じよ。
第三の境は、何を嗅いでいるか、いつも念じよ。
第四の境は、何を味っているか、いつも念じよ。
第五の境は、何を触れているか、いつも念じよ。
第六の境は、何を覚えているか、いつも念じよ。」

「婆羅門よ、僧侶たる者、禅を定めなさい。
仏陀の、弟子が修めている、四つの禅がある。
それでは、この四つの禅とは、如何なるものか。

第一の定は、有尋有伺である、第一禅定である。
第二の定は、無尋無伺である、第二禅定である。
第三の定は、正念楽住である、第三禅定である。
第四の定は、捨念清浄である、第四禅定である。」

「婆羅門よ、僧侶たる者、智を修めなさい。
仏陀の、弟子が具えている、三つの明がある。
それでは、この四つの明とは、如何なるものか。

第一の慧は、過去の明知である、宿命通である。
第二の慧は、未来の明知である、天眼通である。
第三の慧は、現在の明知である、漏尽通である。」

「婆羅門よ、僧侶たる者、漏を断じなさい。
仏陀の、弟子が尽している、三つの漏がある。
それでは、この三つの漏とは、如何なるものか。

第一の漏は、欲望から漏れている、欲漏である。
第二の漏は、生存から漏れている、有漏である。
第三の漏は、無明により漏れる、無明漏である。」

法悦が湧き上った、彼らは、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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