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不断経(アヌパダ・スッタ)

仏教

逐一の観察



第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘衆よ、サーリプッタは、賢者である。
サーリプッタが具えている、六つの智がある。
それでは、この六つの智とは、如何なるものか。

第一の智は、戒蘊を修め得る、大の智慧である。
第二の智は、応用が効き得る、広い智慧である。
第三の智は、歓喜を持ち得る、喜ぶ智慧である。
第四の智は、即座に解し得る、早い智慧である。
第五の智は、煩悩を断ち得る、鋭い智慧である。
第六の智は、洞察を為し得る、貫く智慧である。」

「彼は、有尋有伺にして、離欲得楽である、
第一禅定に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、無尋無伺にして、離楽得喜である、
第二禅定に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、正念楽住にして、離喜得静である、
第三禅定に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、不苦不楽にして、離静入空である、
第四禅定に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、世は無限であり、空は無辺である、
空無辺処に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、心は無限であり、識は無辺である、
識無辺処に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、我も無ければ、我が物など無いと
無所有処に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、想でもなければ、非想でもないと、
非想非非想に達し、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「彼は、想念も滅すれば、感受も滅すると、
想受滅を果たして、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」

「比丘衆よ、サーリプッタは、賢者である。
彼こそは、真理の相続者であり、息子である。
私が回し始めた法の輪を、彼が回し続けている。」

これを聞いた、諸々の比丘は、歓喜し実践した。


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