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ヴァッチャ火経(アッギヴァッチャ・スッタ)

仏教

ヴァッチャ族の遍歴行者に火のたとえを説く



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
そこに、ヴァッチャが訪れ、このように尋ねた。

「ゴータマよ、この世界は、永遠であると、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は、永遠でないと、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は、有限であると、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は、有限でないと、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は、無限であると、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は、無限でないと、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は、同一であると、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は、同一でないと、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は、別個であると、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は、別個でないと、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、如来は、死後に存在すると、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

「ゴータマよ、如来は、死後に存在せずと、
このような見解を、あなたは、具えてますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには、考えていない。」

 

第二章

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
この世界は永遠であると、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
この世界は永遠でないと、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
この世界は有限であると、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
この世界は有限でないと、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
この世界は無限であると、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
この世界は無限でないと、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
生命と体は同一であると、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
生命と体は同一でないと、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
生命と体は別個であると、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
生命と体は別個でないと、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
如来は死後に存在すると、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、涅槃とは、拘らないこと。
如来は死後に存在せずと、囚われてしまえば、
それは、正しく覚醒し、涅槃に至る障害となる。」

 

第三章

「ここに色があり、ここに色の生起があり、
ここに色の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように、如来は、色に囚われず色を捉える。」

「ここに受があり、ここに受の生起があり、
ここに受の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように、如来は、受に囚われず受を捉える。」

「ここに想があり、ここに想の生起があり、
ここに想の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように、如来は、想に囚われず想を捉える。」

「ここに行があり、ここに行の生起があり、
ここに行の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように、如来は、行に囚われず行を捉える。」

「ここに識があり、ここに識の生起があり、
ここに識の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように、如来は、識に囚われず識を捉える。」

 

第四章

「それでは、こうして、解脱を果した者は、
その次に、何処へと、生まれ変わるのですか。」
「生まれ変わると、考えるのは、適切ではない。」

「それでは、こうして、解脱を果した者は、
その次に、何処にも、生れ変らないのですか。」
「生れ変らないと、考えるのは、適切ではない。」

「生まれ変るでも、生れ変らないでもない。
ゴータマよ、これは、どういうことでしょう。」
「ヴァッチャよ、実に、このように考えなさい。」

「小さな器で、大海の水を、救い上げた時、
大海の水は、果たして、どこにあるだろうか。」
「ゴータマよ、水は、小さな器に閉じています。」

「小さな器を、こなごなに、打ち砕いた時、
大海の水は、果たして、どこにあるだろうか。
「ゴータマよ、水は、大きな海に開いています。」

「色として捉えると、如来は生まれている。
色として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は、普遍に広がって、世界に遍在している。」

「受として捉えると、如来は生まれている。
受として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は、普遍に広がって、世界に遍在している。」

「想として捉えると、如来は生まれている。
想として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は、普遍に広がって、世界に遍在している。」

「行として捉えると、如来は生まれている。
行として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は、普遍に広がって、世界に遍在している。」

「識として捉えると、如来は生まれている。
識として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は、普遍に広がって、世界に遍在している。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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