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斎藤明美のコメント

斎藤明美

犯人蔵匿の罪で逮捕されたオウム真理教元信者、斎藤明美のコメント全文。2012年1月10日滝本太郎弁護士が明らかにした。



 本日、私、斎藤明美は平田信に長い間、隠れ場所を提供したことを告白し、自首致しました。皆さんには私の出頭が遅くなったことに深くおわび申し上げます。平田と私とは、私のその罪について、16年の歳月が過ぎ、手配もなくなり、とうに罪がなくなったと思っていました。そこで後日、私は弁護士の方に相談し、12月31日、平田だけ出頭することにいたしました。その結果、かえって今、混乱し、社会にも不安を与えました。

 平田とは面識があって尊敬していました。逃げ始めた当時、平田が関与したという事件も平田との関係も知りませんでした。平田が手配されたことも逃走後に知りました。その後、福島、宮城、青森、仙台と逃げました。仙台では料亭で住み込みで働きました。その後、大阪に向かい、3カ所で計15年あまり、1年、7年、7年と3カ所に住みました。仲居、喫茶員、事務員の仕事をしましたが、私の知る限り、住まいの移動の時以外、平田は外には一歩も出ませんでした。警察や周囲の方に見つかりそうになるたびに、移動していました。

 私と平田は報道で色々な事件を知り、特に坂本弁護士一家の事件についてオウム教団のしたことだったことに驚きました。教団では教祖麻原は絶対者でした。人の全ての輪廻(りんね)転生を握っていると信じ切っておりました。教団信者には現実感覚がなく、現世は実際に幻と感じていました。異常な世界でした。2人は麻原の法廷での態度に失望しました。平田は仮谷さんの奥さんの言葉を聞いて出頭しようとも悩んでいましたが、私も平田も(平田が)、国松(孝次警察庁長官銃撃)事件の主犯とみられていたことから、国松事件で逮捕されなくなるまでは出ないと決めました。

 昨年の東日本大震災は大きなショックでした。昨年11月末に平田は出頭すると言い始めました。12月31日夕方、私は平田を見送りました。年末年始だからそんなに大きなニュースにはならないだろうとも考えていました。そして平田は私を守ろうという一心でした。

 特に大阪の人にはおわび申し上げます。偽名で勤務し、長く皆さんをだまし続けてきました。その上にさらに迷惑をかけてしまいます。本当に申し訳ありません。家族、親族、友人のみなさまにもずいぶん迷惑をかけました。深くおわび申し上げます。今日、私は自首をしました。オウム事件の被害者の方には長く逃げていて本当に申し訳ありませんでした。今日、私は17年ぶりに本名を名乗りました。私はずっとずっと偽名で生活し仕事をしてきました。そんな偽りの人生は終わりにします。


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