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トーチャン・・・・・・・・・・・・

2ch



1 名前:774号室の住人さん:2005/06/28(火) 22:17:50 ID:0tZ2M1ss

たまには思い出してやれ


5 名前:774号室の住人さん:2005/06/28(火) 22:28:40 ID:s1MRASdx
親父…


6 名前:  :2005/06/28(火) 22:41:13 ID:YVdMCRLv
おれカーチャンみたことねーけど
親父にここまで育ててもらったぜありがトン


8 名前:774号室の住人さん:2005/06/29(水) 02:39:28 ID:+d8OkyEk
トーチャン単身赴任先で、破けた枕にガムテープ貼って使ってるらしいね?
だから低反発枕買ってきたよ。週末帰ってきたらプレゼントするね!
いつもごくろうさま☆


9 名前:774号室の住人さん:2005/06/29(水) 06:13:22 ID:Nekd8wl1
>>6
俺は小さい頃母が離婚で出ていったから
ばあちゃんと親父には感謝してる。
親父は偉大なり
小一の頃クラスの悪い奴にいじめられたとき
物凄い剣幕で担任とこいって注意するようにいってくれた
今考えると泣ける
親父、幸せにするから大学卒業まで待っててくれよ


10 名前:774号室の住人さん:2005/06/29(水) 08:21:22 ID:l1DMWv0/
お父さん、拡張型心筋症。
いつ死ぬかわからない状態の上、重度のうつ病になってしまって
今では一人ではベッドからも起き上がれない。
トイレも行けなくて管通してる。
お父さんすごく威厳があって
しっかりしてて怒ったらすごく恐い人だったのに。
今はもう怒る事も出来なくなった。
一人暮らしはじめるあたしに『頑張ってこいよ』って。
涙こらえるの大変だったよ。
ほんとはあたしが家にいたほうがいいのに
ごめんね。
お願いだから死なないで。


11 名前:☆:2005/06/29(水) 09:37:22 ID:608BPPNt
私は母子家庭で、父親の名前も知らない。
顔ももう覚えてないな…スキンヘッドで背が高かったくらいしか…。

もう一度会ってみたい。叶わないだろうけど。
酷い父親だったらしいけど、小さい頃昼寝から覚めたら
母親が家に居なくてぐずる私を、母親が帰ってくるまで
父親はおんぶをしてずっとあやしてくれたのは、今でも覚えてる…


14 名前:774号室の住人さん:2005/06/29(水) 16:39:15 ID:+ay8q/W3
お父さん、 一人暮らしさせてくれて、私大に通わせてくれて、
本当に有難う。去年は私が大学行った時のためにって、
自営業(鉄工所)で疲れてるのに、夜はクロネコヤマトでバイトしてくれてた。本当に感謝しきれない。今こうしていられるのはお父さんのおかげだよ。
働きだしたらお父さんもお母さんも、絶対楽にさせるからね。


24 名前:774号室の住人さん:2005/07/07(木) 21:49:00 ID:3+ZUzavS
新卒の就職活動してる頃、
面接で「尊敬する人は誰ですか?」と聞かれた俺は
適当に感心されるような偉人や身近に居る立派な先生なんかを挙げてた。
結婚して一家の主としての責任を背負うようになった今、
親父の偉大さや強さを一番実感している。
だからいま同じ質問をされたら、堂々と
「自分の父親です」と臆することなく答えるだろう。
財産も地位も名誉も無く、
物欲も無く文句も言わずただ自分たち家族のために働いてきた。
そんななんでもない生き方が、どれだけ難しくそして素晴らしい事か。。
俺は一生、親父を超えられないだろうな。長生きしてな、父ちゃん。


27 名前:774号室の住人さん:2005/07/09(土) 12:00:45 ID:5bBsokR1
うちのトーチャン、長男なんだけど、夜間の高校卒業して
すぐに働いて家にお金を入れてたらしい。
文句も言わず、朝から晩までせっせと働いてた。
こんな話をバアチャンにたまに聞かされた。

今でこそ、子供3人とも手が離れて、
趣味のゴルフやギターやらに勤しんでるけど。。。
末っ子のあたしだけ私立の高校、大学行って上京して尚且つ、
いまだに迷惑掛けてる。

仕事し始めてトーチャンの苦労が分かったよ。
毎日、毎朝同じ時間に出勤し、毎日同じように仕事をこなす。
何十年もそんな日々をこなすことの大変さが
ようやく身に染みて分かるようになった。

あたしも頑張って、トーチャンが孫に胸はって自慢できる娘になるよ。


40 名前:774号室の住人さん:2005/07/12(火) 22:04:36 ID:eYSkfO1c
トーチャン、この前電話して少し話しただけなのに喜んでくれたよ。
娘ならともかく、息子と話しただけだってのに・・・。

5月に初給料でプレゼント買った時なんか、
トーチャンうれしそうな顔してたっけ。
ありがとうも言われなかったけど、あれずっと使ってるんだってね?
シャイだなぁトーチャンは。でもあなたの息子もシャイに育ってるぞw


41 名前:774号室の住人さん:2005/07/12(火) 23:14:26 ID:XGtMYJcU
とーさんへ

俺が大学中退して、家でごろごろしてたときも好きなように生きろと
励ましてくれてありがとう。
まだ働いて1年もたってないけど、社会の厳しさ、
働き続けることの偉大さを俺もちょっとは理解したつもりだよ。
少ない給料でここまで育ててくれてありがとう。
面と向かってははずかしくて言えないんだけどね。
大好きな登山はこれからも行ってほしいけど、もう60なんだから
体には気をつけてな。
とーさんはいつか俺と一緒にアマゾンに行きたいから、
俺に英語を覚えろって言ってたけど、
ブラジルはポルトガル語だよパパン・・・
200万くらい貯金できたら連れて行くからそれまで、元気でいてくれよ。
ホントにありがとう。尊敬できるとーさんをもてて俺は幸せだよ。


50 名前:774号室の住人さん:2005/07/14(木) 08:18:43 ID:kTRfExpt
俺と似た様な変わり者の親父、
俺含めた家族から孤立したまま病気で早死にしてしまった。
というか治る見込みの無い病気の苦痛を苦に自殺してしまった。
今思えば悔やむ事が幾らでも有る。
小さな事にこだわって大きな恩に気付かないまま
親父と仲が悪い人を見ると、気付いて欲しいと思う。


54 名前:774号室の住人さん:2005/07/18(月) 04:47:16 ID:aofBzeGU
カーチャンは仕事で家にいなくて、
トーチャンはいつも休日になるとどこかへ連れて行ってくれたっけ
トーチャンもう病気にはならないでね、
あとどの位生きていてくれるか分からないけど、
もう後は好きに生きていいよ
トーチャンの子供に生まれてよかった


56 名前:774号室の住人さん:2005/07/18(月) 09:15:00 ID:2XNtyTAJ
面と向かっては言えないが、俺は親父を尊敬している。
離れて暮らすようになって嫌な部分が見えなくなったのも大きいのだが。

自分でも働くようになって気付く親父の偉大さ。


57 名前:774号室の住人さん:2005/07/18(月) 10:21:49 ID:5hxWWSdg
親父が生きてるうちに気付けたお前は幸せだ
うらやましい


59 名前:774号室の住人さん:2005/07/20(水) 22:16:16 ID:/b1aM0aC
パパはシャイだからあんまりたくさん会話はしないけど
私のエクステを見て「お父さんもエクステしようかな」(パパはハゲている)
と言ったり、アポなしで実家に帰った時は
「よー帰ってきたなー」と言ってくれたり、
次の日飲みに連れて行ってくれたり
シャイながらも色々と気をつかってくれる。
でもママに言うみたいに素直にありがとうとか言えないんだよなー
みんなもなぜか母親より父親に対する照れの方が大きくないかい?


60 名前:774号室の住人さん:2005/07/20(水) 22:21:02 ID:RtEZQ77Y
めちゃめちゃある。母親に素直に言えることも父親には何故か照れくさい。昔も母親には甘えて抱きついてたけど、
父親には抱きつけなかった。同じくらい大好きなのに、何でだろう…


67 名前:774号室の住人さん:2005/07/23(土) 03:19:08 ID:zpApQARY
トーチャン、兄弟3人私立大学でゴメンネ。
末っ子の私が急に進路変えてゴメンネ。
それなのに帰りたいばっかり言ってゴメンネ。
私さえ進学しなければもう退職しても良かったのにね。
放棄と不可ばっかりの成績でも
「ワシはお前を見捨てたりせん」って言ってくれたこと
ホントに嬉しかった。
ガンになってまで働かせてゴメンネ。
経過はどうですか?体辛くありませんか?

高校卒業までに免許取らせてくれて有難うね。
高いアパート代払ってくれて有難うね。
カーチャンに内緒で多めに仕送りしてくれて有難うね。
ホントにお金掛かる娘でゴメンネ。

毎日ご飯作ってくれて有難う。
夏休みは早く帰って料理の手伝いするよ。
いっぱいドライブ行こうね。魚釣り行こうね。

辛いこと沢山あるけど、トーチャンが支えになってます。
あと何年かしたら、絶対立派にお父さんの実家の家業継いで見せるから。
ダメダメな娘だけど、これからも宜しくね。

トーチャン、世界一愛してます。


78 名前:774号室の住人さん:2005/07/24(日) 18:26:38 ID:D36IpdSc
正直俺はかなり恵まれていると思う。
両親ともに子供のために頑張ってくれた。
決して小さな負担じゃなかっただろうに、だ。

で、この前親父に礼を言ったら
「今までお前にしてきたことは、親ではなく
 お前に子供ができたとき、子供に返してやれ」
とか言い出した。

敵わんなぁ、と思うわけですよ。
俺も二人のような立派な親になりたい。

………子供以前に彼女もいないわけだが。


82 名前:774号室の住人さん:2005/08/06(土) 03:01:13 ID:JPnNH/dk
昨年11月に、郷里の父があっけなく亡くなり、
半年以上日々様々なことを考えています。
いろいろ内容は考えすぎてここにはかけないのですが、
親不幸なまま、ありがとうのひとつも言えなかったことが悔やまれます。
悲しくてしょうがない、というより、日々の暮らしのなかで
淡々と父の言葉を思い出したり、なぜいないんだろう、と思ったりです。
非常に馬鹿な話ですが、父が死んでも
何らかの形で父に会えると思っていて、
それでも会えないのに焦っている…という自分に
自分であきれかえっています。
決して父に優しかったわけでもなかったのに。
これも当たり前の話ですが、死ぬということは
皆に与えられた約束ごとなのだなあ。と切実に実感しています。
だらしない今の人生を少々恥じています。


86 名前:774号室の住人さん:2005/08/30(火) 20:07:06 ID:CzmKws7R
ここのスレ見てたらトーチャンカーチャンに肩揉みしてあげたくなった。

うちは歳の離れた3人姉妹と両親で構成されてて、
カーチャンが私を生んだ時は両親二人とも40代だった。
私は末っ子ということで
特に念入りに可愛がられているのかもしれないけど、
受験生になったというのに、部屋に入ってきては
トーチャンにこちょこちょされたり
布団に入って寝ていればカーチャンが頭を撫でてきたりする。

でも最近、トーチャンの記憶力が段々薄れてきてるのが解って怖い。
あんなに物知りで家族思いなトーチャンが
いつかは何もかも忘れて
動かなくなってしまうのかと思うと怖くてしょうがない。
しかも、「老後は迷惑かけないつもりだから」とか笑顔で言ってるから
尚更悲しくなる。
そんな事言わないでよ…。

今、トーチャンは60代でカーチャンは50代。
私が子供生んだら絶対顔見て可愛がってあげてよ。長生きしてね。


97 名前:774号室の住人さん:2005/11/09(水) 01:04:43 ID:tswA6m93
スマソ、今日親父から手紙が来て泣いちまった。
早く実家に帰りたいよ


133 名前:774号室の住人さん:2005/12/08(木) 00:26:05 ID:cZVz6Jat
自分にも妻にも子供にも優しく、厳しく。
家族を大切に出来ると父親になりたいと思えるなら、きっとなれるよ。

もしも父親になるなら、子供が誇れる親父になりたいなぁ…。


149 名前:774号室の住人さん:2006/02/04(土) 03:37:17 ID:r9rFTiWM
今年はトーチャンの三回忌

ハァ…早いなぁ…

オイラ、元気で頑張ってるよ。


150 名前:774号室の住人さん:2006/02/04(土) 13:16:06 ID:4KM0iZX1
>>149
おらにも、そういう日が来るかと思うと寂しくなるよ…

だから、会える時は出来るだけ話しをしておきたい。


157 名前:774号室の住人さん:2006/02/12(日) 05:19:57 ID:sOYsnDhO
私のお父さんは、仕事人間でした。
小さい頃お父さんとどこかにいった記憶がありません。
それが普通のことと思っていたから。
たまに家族で旅行にいったら、お父さんとお母さんはケンカばかりで、
幼い私は旅行なんて大嫌いでした。
楽しかった思い出より、いやな思い出のほうが多かった。
お父さんが仕事人間なのは、会社の中でそこそこのポストにいたからで
仕方の無い事だったんです。上からも下からも圧力をかけられていました。家に帰って来るのは7時、遅いときは深夜で仕事ばかりでした。
休みの日も仕事に行ってました。
だから自然と会話は無くなるし、どう話ていいのかわかりませんでした。
思春期はもちろんお父さんが嫌いでした。家にいないのが嬉かったです。命令されるのがいやで「お茶いれて?」とゆう事でも
「自分ですれば」と怒っていました。
高校生になってもお父さんとはあんまり話しませんでした。
でも、変わったことは仕事疲れなのか、
どんどんやつれていくのが目に見えていました。
さすがの私も心配になり、「大丈夫?」と毎日のように気にかけていました。
ある日突然、お父さんが海外転勤をいいわたされました。
海外で新しい会社を増やすためです。
そこそこ頭のイイお父さんは断ることもできずに、行くことになりました。
慣れない土地、言葉、食事、仕事のストレス・・・・
大変なものだったとおもいます。
海外転勤になってからおとうさんはお母さんと
毎日国際電話をするようになっていました。
日ごろあまり仲がいいとはいえないのに、
あるときお父さんはお母さんに弱音を吐きました。
お父さんが弱音を吐くなんて初めてのことでした。
あるとき日本に帰って来ることがあったときに、
久しぶりにお父さんと話す機会がありました。
お父さんは少し酔ってて、普段あまり話さないのに
その日はよくしゃべっていました。
私はここで忘れられない言葉を聞きました。

「俺は仕事ばかりでお前にかまってやることができなかった・・」

お父さんは自覚していたんです。私は驚きました。
子どもの事なんてお母さんにまかせっきりで、
何一つ意見しなかったお父さん。
ちゃんと私のこと考えてくれていたんです。
私が学校に行けて、不自由の無い生活が送れてこれたのは、
お父さんのおかげだったんです。
仕事人間のお父さんだったけど、
今ではお父さんの事が自慢です。尊敬してます。
今は退職して、お父さんとお母さんはゆったりと暮らしています。
お父さんのイライラは無くなりいつものお父さんに戻っています。
お母さんが言っていたんだけど、
昔はお父さんはとても優しくて、素敵な人だったそうです。
仕事がお父さんを変えてしまった。と寂しそうにいってました。
今は元に戻ったからよかったんだけど。

お父さんと今度ゆっくりお酒でも飲みたいな。二十歳になったことだし!!
それに親孝行もこれからいっぱいしたい。健康でいて欲しい。
お父さんタバコは控えめにね、もう年なんだから。

お父さん、お母さん大好きです。 長生きしてね。  
私は元気で生きてるよ! 


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