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俺の親父

2ch



俺はずっと片親だった。

幼い頃両親は離婚し、親父と二人で生活してきた。

日中は親父は仕事でいないが、食事・掃除・洗濯 親父がきっちりやってくれていた。

毎日弁当作ってくれたし、参観日や運動会の日なんかも必ず仕事休んで来てくれた。

叱られる事もあったが、仕事が休みの日には必ず一緒に遊んでくれた。

だから母親がいない事に何も不満はなかった。

だからといって、幼い俺には感謝しているという気持ちは無かった。

親だから当たり前だし、自分達が勝手な理由で離婚したんだから当然位に思っていた。

俺が15歳の時、突然親父が「お母さんと一緒に暮らしなさい。」と言ってきた。

俺はあまりにも突然なので「はっ?」って思ったが、仕事の都合で長い間出張に行かなくてはいけないという事だった。

もう15歳だったので、別に一人でも大丈夫だと言ってはいたが、親父があまりにしつこいので、仕方なく了解した。

母親とは2~3か月に1度位は会っていたし、再婚せず独身だったため、一緒に暮らすのに特に支障はなかった。

新しい生活を始めしばらくたったある日、仕事に行っている母親から電話が掛ってきた。

「お父さんが危篤なの。今からすぐ○○病院に来なさい。」

あまりに突然なので状況がつかめなかったが、勝手に涙が溢れてきていた。
溢れる涙を抑えながら、急いで病院へ向かった。

病室には管をたくさん付けた親父がベットで寝ていた。
もう意識はなかった。
周りには親父の兄弟、会社の人、隅っこに俺の母親が立っていた。

俺は自然と親父に駆け寄った。

「父さん!、父さん!!」

何を話しかけて良いのかわからなかった。

何故か小さい頃からの親父との楽しい思い出が頭の中を駆け巡った。

涙が止まらなかった。

親父の手を強く握り締めた。

俺の気のせいかもしれないが、その時親父が笑ってくれた。
そして手を握り返してくれた。

そして暫くして親父は帰らぬ人となった。

あの時は本当に泣いた。
親父との事を思い出して、愛情の深さを思い知った。

その後、俺は暫く立ち直れなかった。
普通の親父だけど、俺には最高の父親だった。

通夜・葬式が終わり、親戚で集まり食事をしている時、遠い親戚のおばさん達がこそこそ俺たち家族の話をしていた。聞くつもりはなかったが、自分の名前が聞こえたので聞いていると、それは驚くべき内容だった。

俺は急いで家に帰り、集まりには来ていなかった母を問い詰めた。

「俺が親父の本当の息子じゃないってどういう事だよ!!」

母は最初相当驚いていたが、「ごめんね。ごめんね。」と泣きながら謝ってきた。

俺は「ごめんじゃわかんねーよ!!」とキレまくっていたら、母は説明を始めた。

「お父さんとお母さんが離婚したのはあなたが3歳の時なの。お父さんね、本当に家族を 大事にしてくれて、本当に幸せだったの。
 あなたが3歳の時に喉の病気をして入院した事があって、その時の血液検査でお父さん とあなたの血が繋がっていない事が解ったの。
 お母さんもその時までずっとあなたはお父さんの子供だと思っていたんだけど…。
 母さんね、お父さんと結婚する前に1度だけ誤ちを犯したの。
 本当にごめんなさい。」

そんな内容だった。

俺は「ふざけんなよ!じゃーなんで俺は父さんと暮らしてたんだよ!!」

母は「母さんはね、あなたと二人で生きていこうと思ってたの。でもね、お父さんが

「この子は俺が育てる。血は繋がって無くても生まれた時からこの子は俺の事を父親だと思ってくれている。俺は命をかけてこの子を育てる。」って、

普通じゃ考えられないわよね。きっと私の生活の事も考えてくれたんだと思う。それがあなたのお父さんなの。」

母は親父が自分の命が短い事を知り母に頭を下げに来た事。自分の事よりも、母の事を思い、血が繋がっていない事を黙っていた事など、親父の事を色々と話してくれた。

話を聞いている間、俺も母も涙でぐしょぐしょだった。

その時には俺にもう怒りは無く、只、親父への感謝の気持ちで一杯だった。



あれから数年経ち、俺にも息子ができた。
自分が親となり、親父の愛情の深さを思い知らされています。


親父、本当にありがとう。
どんな形であろうと、俺にとっての親父は貴方だけです。


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