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一人暮らしを始めて家族の大切さを感じた

2ch



1 :774号室の住人さん :2005/08/16(火) 22:26:36 ID:KSPpfr3m
家族に会いたくなりませんか?


7 :774号室の住人さん :2005/08/16(火) 23:37:04 ID:XbWVDFjp
いつも母とはケンカばかりだったが私が1人暮らし
始めてからすごく仲良くなった。
母も家でだらしなくしてる私にイライラしないし
私も母の有り難みが身にしみたからだな。
ママ~月末に帰るよ~


10 :774号室の住人さん :2005/08/17(水) 01:07:00 ID:HzH1FlVl
別に帰ってこなくてもいいのに、って言う癖に
いつも帰った日の夕飯は漏れの大好物なんだよな…


17 :774号室の住人さん :2005/08/17(水) 21:40:29 ID:1aOUD2l9
俺はいつも強がっておかんなんか居ないほうが楽
一人ぐらしでよかったなぁっていってるけど
お盆休みで実家に帰ってたんだがお盆休みが終わって
また家に戻る電車がきた時には何かわからないが涙が止まらなくなったよ


38 :774号室の住人さん :2005/08/20(土) 00:56:55 ID:+IIKmm4T
ときどき夢を見ます。
ごめんなさい。素直になれない自分で。
帰省の頃にはおみやげをたくさん買ってくるつもりです。
言葉では伝えられないので・・・・・・・・


40 :774号室の住人さん :2005/08/20(土) 01:51:19 ID:A+3pCSN2
家の事情で、小さい頃婆ちゃんと爺ちゃんに面倒見てもらってた。
久しぶりに帰るとほんとに婆ちゃん小さくてシワシワで、
なにか近所からお土産もらっても、『ばぁちゃんは後から食べるから先に食べな』って
自分が食べる事より、孫に勧めるんだよ。
爺ちゃんも昔太ってたのに痩せて、頭真っ白で、頑固だったのに優しくなってて、
名前呼ぶとき『〇〇か〇〇か?』って兄弟の名前言うんだよ。
婆ちゃん白髪染めるの頼まれて、染めてあげてた時、
根本の伸びて来た紙真っ白なんだよ。なんかウルっと来た。
電車で帰る時、いいって言うのにいろいろお土産持たせて、
古い自転車押して見送りに婆ちゃん来るんだよ。しかもホームまで。
『気をつけてな、用心しないよ?』って何度も言って、
電車が出てもずっと手を振って見てるんだよ。
いつも泣きそうになる。
悩んだ時電話で『大丈夫やで元気だしない』って声聞いて大泣きした。
いつまでも元気でいてほしい。


45 :774号室の住人さん :2005/08/20(土) 22:57:34 ID:A+3pCSN2
部屋の模様替えとか、一人じゃ手がたりない時、頼みたくてもいないんだよな。
いつもなにかする時は声かけなくても気付いたら手伝ってくれてた。
今思えば、なにをするにも見ててくれてたんだろうな、ずっと。
言葉で言われた事なくても大事にされてたんだと思った。


84 :774号室の住人さん :2005/08/28(日) 23:31:06 ID:sbWXkVz3
今朝、母からの宅急便が届いた。

ダンボールのの中身はと言うと・・石鹸、米など俺が欲しかった物ばかり・・
そして、一通の手紙と現金3万円が入っていた。

二十代半ばにもなっても派遣社員で、
お金に困っている俺を見て、きっと助けてくれたのだろう。
手紙の内容は・・

「元気にしている事だと思います。慣れない一人暮らし、辛いことも多いことでしょうが
周りの人と助け合い、共に笑い、泣き、少しずつ大きくなるものですよ。
もし辛いことがあったら、いつでも電話を下さい。いつでも力になりますよ。
今度は、いつ帰ってくるのかな。家族全員で食事をしたいですね。」

手紙を見終わった瞬間、大泣きしたよ・・

母さん・・すまない・・お盆は帰れなくて・・
早く正社員になっていっぱい親孝行するからね。


90 :774号室の住人さん :2005/08/29(月) 02:12:08 ID:EkyLfBC5
玄関で別れるとき、お婆ちゃんの目が潤んでた
普段絶対泣かない人なのに・・・
それ見たらいきなり涙があふれてきた

ほかの家族は仕事か学校で日中ずっと一人だもんなぁ



117 :774号室の住人さん :2005/09/04(日) 21:06:06 ID:EJoG+0MN
あー。
引っ越してきた日、両親が出ていった後ドアに鍵しめた時の事思い出した。
実の家族が出ていった後鍵をしめる事があんなつらいもんだと思ってなかったよ。
ドア開けて追い掛ければ間に合うのにな。開けちゃ駄目だったんだよな。
久しぶりにホームシック来た。やばい、泣ける…。


123 :774号室の住人さん :2005/09/05(月) 20:32:30 ID:EWi59PGv
このスレ泣けるね。

高校時代は毎日、夜ご飯の時に、
その日の出来事とか楽しそうに、お母さんと話してた。
一人暮らし初めて、そんな事がなくなり、ご飯はいつもひとり。
何食べても、満足いかない…。
お母さんお手製のご飯と会話って言う、最高のレシピは…私には作れません。

親の作ったお手製の冷凍食品…いつも『早く食べなさいよ』って言われるけど、
本当はなんだか不安なんだよね。
食べてなくなっちゃうのが…。もう二度と食べられなくなりそうで…。
実は保存しすぎて、冷凍焼けしちゃったのもあるんだ。
ごめんなさい。


134 :774号室の住人さん :2005/09/08(木) 23:30:27 ID:8fi8e2Eh
なんか、8月に地元から東京に帰るとき、
自分がエレベーターに乗っておりていくときにお母さんが泣いていた。
見えなくなった瞬間自分もとめどなく涙があふれてきた。
家族のためにもっとがんばらなきゃって思った。


144 :744号室の住人さん :2005/09/14(水) 13:25:43 ID:YTAJ8sfW
マジ…無理。2ちゃんねるでこんなに泣けるスレ始めて見つけた。
今おれのケータイの壁紙は実家の庭の写真になってる。
緑の芝生や雑草なのか花なのかわけのわからない植物でいっぱいの花壇。
庭の真ん中にちょこんと座ってこっちを見つめる愛犬。
ばあちゃんが趣味で作ってるたくさんの野菜…。
壁紙なのに、実家の温かさが、あの家族の、町の温もりが
感じられる気がして今すぐ帰りたくて…今すぐただいまって言いたくて…。
家族の笑い声…
『あんたが帰ってくるとウルサくてしょうがない』と言いながら
自分も馬鹿笑いする母の声…
普段は無口でも、おれの前では最高の笑顔を見せてくれる弟と夜中まで爆笑した。
…昔はうざかったばあちゃんの小言が温かかった。
そんなおれ達を親父は静かに、時々笑いながら見ていた…
じいちゃんは仏壇の遺影の中から昔と変わらない優しい笑顔で
おれに『おかえり』と言ってくれてる気がした…。
全てが間違いなく血が通った温かいやりとりだった。
実家で過ごす1秒も無駄にしたくないと思った。


146 :774号室の住人さん :2005/09/14(水) 15:13:17 ID:fhmfw2gc
通りすがりだけど…
当方23歳♀です。
18~22歳の間、地元を離れ、一人暮らしをしながら大学へ通ってました。
はじめは寂しくて、泣いてばかり。
帰省からマンションへ帰って来てからも、やっぱり寂しくて泣いてしまうこともありました。
そんな時、電話の向こうで実家の両親が
『がんばれ、努力して入った大学じゃないか、帰りたくなったらいつでも帰っておいで』
と励ましてくれました。泣きゴトを言いたくなる時も、とんで帰りたくなる時もあったけど、
大学でしっかり勉強していつか恩返しするんだ、親孝行するんだ、と
寂しさを隠し、なんとか一人暮らししてました。
家族の大切さを知り、いかに自分が幸せだったか痛感しながら。

地元での就職も決まった4期生の夏でした。
あと少しで実家へ戻れる、そしたらめいっぱい親孝行しよう…そう思っていた矢先。
両親の乗っていた車が事故に遭って…。
相手トラックの居眠り運転だったそうです。即死でした。
見慣れたうちの車が、春休みには私も乗った車が、ぐしゃぐしゃで…。
それから数日間は記憶がハッキリしません。
泣き叫んで、混乱してて、信じられなくて…。
私が実家へ戻るのを楽しみにしていてくれたのに。
いつか孫の顔が見たいなんて言っていた父。
見せてあげる、つもりでいたのに… 年末には両親と旅行しようと思っていたのに…。
実家へ戻ると、いつも煮物や、私の好物ばかりを用意してくれた母。
最近肩凝りが…なんて言っていたから、
『じゃあ私が実家へ帰ったらマッサージするよ』なんて言ってたのに。
一瞬で、すべてが手の届かない遠い所へいってしまった。
一人暮らしで、親の大切さが分かったなんて思ってたけど甘かった。
のほほんとしてた、自分を呪った。もう、世界中のどこにも、両親はいない…。
いま一人暮らししてる方、どうかご両親を大切に…。
そして、温かい家族を、大切にしてください。
あって当然、いるのが普通だった家族の大切さを、一人暮らしで知ったのなら。
私は今、就職し、実家とは別のマンションで一人暮らしをしています。
実家には辛くていられない、
でも私の就職を両親は喜んでいてくれたから…辛くても、働いています。
いまいる家族を、どうか大切にしてください。
最後に、お父さん、お母さん、私はなんとか頑張っています。
たくさん伝えられなかったことがあったけど…大好きだよ。私を、見守っていてください。


170 :774号室の住人さん :2005/09/22(木) 17:23:02 ID:fm5P1gmM
やばい、涙が止まらないじゃないか…!
みんなの家族に対する愛が伝わってくる…(つД`)


176 :774号室の住人さん :2005/09/25(日) 22:45:47 ID:ndmFJGEw
この連休中に、2年ぶりにお母さんに会いに行った。

母の手料理は、おいしかったなあ・・
あっという間の三日間だったけど楽しかったよ。
母の手料理、母の笑顔、久しぶりに見れて良かった。

後姿のお母さん。だいぶ白髪が目立ってきて歳をとったなあ・・と痛感させられたよ・・

いよいよ帰りの電車に乗る前、
母が「辛かったらいつでも電話してね。」と言ってくれた・・
帰りの電車の中では、涙ボロボロでしたよ・・
普段は会社でも独りで、辛いこと、嫌なこと、
叱られっぱなしで、凹みっ放しな毎日だったけど、

私は、独りじゃない。母が、影で支えてくれているんだと・・
お母さん。ありがとう。お金をためて、いつか一緒に暮らせる日が来るまで頑張るよ。


193 :774号室の住人さん :2005/10/09(日) 16:42:02 ID:+iYLduV6
昔から家族には心配ばかりかけてました。
いじめが原因でひきこもりがちだった中学時代は、何度も両親の泣き顔を見ました。
でも高校で立ち直ることができ、両親が凄く喜んでくれて私も嬉しかった。
高三で進路を決める時どうしても一人暮らしがしたくて、福岡の学校を選びました。
自分は絶対ホームシックにはならないと思っていたけど現実は・・・

晩ご飯を食べながらくだらない話で笑ったり
一緒にテレビを観たり
そんな何気ないことが今は愛しい。

学校の話を楽しそうに聞いてくれる母
休日によくドライブに連れてってくれた父
喧嘩もするけど大好きな姉
いつも癒してくれる猫たち

離れてみてどんなに大きな存在かわかった。
今日の夜、実家に電話して沢山話そうと思います(´・ω・`)

家族大好き。


222 :774号室の住人さん :2005/10/28(金) 07:12:47 ID:fryGOoPr
家族っていいよな。大学行って一人暮らし始めるため実家を離れる時
すげー泣きそうだった。てか軽く泣いてた。
親は気づいていたかもな。そんな一人暮らしもうすぐ終わって
3月からは社会人だけど親孝行したい。今の家族のような家庭築きたい。


252 :774号室の住人さん :2005/11/23(水) 22:57:52 ID:tKRaEKVn
今日母が私のところに遊びに来てくれた
二人で紅葉を見にいって、帰りにおすしを食べた
電車の中で
「ちゃんとご飯食べるんやで」
「冬休みなったらはやく帰ってくるんよ」
て言われた
泣きそうになったけど我慢して、乗り換えで母が降りてバイバイした後も我慢した
マンションに帰ってきてから寂しくて寂しくて声を殺して泣いた
今もこのスレ見て泣きながら書いています。読みにくくてごめんなさい…


258 :774号室の住人さん :2005/11/24(木) 03:19:25 ID:xocnK6Bt
この前親父が会いに来てくれた。
飯食っただけで会話もあまりなかった。
でも、別れ際に「俺はいいからお母さんにはたまに電話してやれ。」って
言われた時泣きそうになったな・・。恥ずかしいからそのまま改札入ったけど、
やっぱり振り向いてしまった。そしたら親父が手を振って見送ってくれてた。
そこで号泣しちゃったよ。親父の息子でよかったよ(ノД`)


263 :774号室の住人さん :2005/11/27(日) 18:45:45 ID:VjQOoq6a
家族ってマジ神
誉めてくれたり怒ってくれたり喜んでくれたり悲しんでくれたり
何があっても味方でいてくれる
大好きだよ


371 :774号室の住人さん :2005/12/28(水) 14:38:31 ID:WGNORy+n
母は細かいことに口うるさくて、ほんとにうざかった
だから一人暮らしを始めた当初は何て快適なんだと思った
出来るだけ構ってほしくないと思っていた

今は上京して約二年になるけど、
母親の味でないと受け付けない料理が多々ある
最近無性に食べたくなるよ、母の作ったグラタン

うっとおしくて何度も無視した電話・メール
今更ながら後悔・・・
でも、私も母も頑固で意地っ張りなんだよね
ごめんとかありがとうとか、そういう言葉を交わした記憶があまりない。
そんな性格引き継ぐんじゃなかったよ・・・
いつも心配かけてごめん、おかん


385 :774号室の住人さん :2006/01/05(木) 06:35:24 ID:CbTpHPdq
どうしても家族(?)に心を開けないから、一度家に戻ったけど無理だった。
母親と口がきけないし、ちょっと体が触れても震えてしまう。バレないように。
母親が近辺にいると、よその人とも口がきけないし人前では絶対に笑顔が出ない。
成長期に身についたものは根深くて苦しい。
家族のおかしさを分かってくれる人はとても少ない。昔は孤独だった。
諦めたし、自立をしたから安心している。
でも家族体験がおかしいと、どこか安定感がなくて苦労をする。
ふとしたはずみで悩みをもらした頃、必ず親のありがたみを盾に反論する人がいた。
幸せな家庭に恵まれた人は、幸せなのだから、そうではなかった人の長い痛みも
分かってあげて欲しい。


400 :774号室の住人さん :2006/01/07(土) 02:08:07 ID:iqzkBxIq
>>385
同じ わかるよ


432 :774号室の住人さん :2006/01/10(火) 18:29:27 ID:sAj5BW5i
>>385
俺と同じだ。
人それぞれ親は違うと分かって欲しいよね。


395 :774号室の住人さん :2006/01/07(土) 01:05:08 ID:Tz2bEjm/
まだ実家に住んでるけど皆のレス見てると涙でてくる。
家族がうざくて早くこんな家出たいと前から思ってて
でもうざいと思うってことは家族を大事にしてないって事で
家族の大切さを知るためにも一人暮らしすると決めたけど……


(;д;)


410 :774号室の住人さん :2006/01/09(月) 06:16:58 ID:2oVaaCf0
今日アパートに帰る。
結局寝れずに朝まで泣き明かした。
昨日、私の前で泣いたことのない父が、母と「寂しい」といって泣いていた。
本当に辛くて悲しい。
いつの間にか両親が老けて小さくなってしまっていたことに気づかなかった。
どれだけ苦労をかけてきたのか。
両親のありがたみを考えると涙が止まらない。


438 :774号室の住人さん :2006/01/11(水) 01:26:56 ID:31dH3p0e
今まで当たり前だと思ってきた家族の優しさ。
実はちっとも当たり前なんかじゃなかったことにようやく気付いた。

お父さん、最初は反対してたけど、お金のかかる東京の私立の大学に行くこと
を許してくれてありがとう。休日も返上で一生懸命働いてくれてありがとう。
お母さん、帰省したとき、いっぱいおいしいご飯食べさせてくれてありがとう。
お母さんが自分のために高いものなんか買ってるの見たことないのに、
「なんか欲しいものある?足りないものはない?」って私のことばっかり気にして…。

いざ会うとなんか恥ずかしくて素直に言えないけど、本当に感謝してます。
ありがとう。


441 :774号室の住人さん :2006/01/11(水) 16:40:46 ID:SSKtOac7
スゲーみんなの気持ち分かる。
最近思うことは、親側の気持ちに立って考えてみること。
ただ会えただけで、ただ声を聴くだけで幸せなんだと思う。


444 :長くてすいません :2006/01/11(水) 20:01:15 ID:tFDZP4dm
私には実家がもうない。。
簡単に言うと家業が倒れて借金で家まで売っちゃったから。
両親は東京を離れ、母の実家の近くの島根、安マンションに移った。
仕事の関係で東京で一人暮らしを選んだ私は、住み慣れた土地なのに、
いつも寂しい思いでいっぱいだった。
25年も住み慣れた実家が、今はもう赤の他人が住んでいる。
元実家ちかくのちっさいアパートで一人、それでも島根なんか行くより
ましだ、と思って住んでいる。

帰省の時は、いつも複雑な気分。
住んだことも無い、友達も一人もいない島根に、とりあえず親の顔見に帰る。。
「いつでも帰っておいで。ここはOOちゃんのお家なんだから」
そう母は言うけど。。。

島根の、老夫婦二人にしては広く新しい、がらんとしたマンションの一室が
妙に居心地が悪い。決して実家とは思えない。
だから、帰るのが嫌で、めったに帰らない。

今回正月無理して帰ったが、暇なので寝てばっかりいた。
昼に起きたら二人とも仕事で居なかった。
経済的に苦しいから、65もすぎてからなのに、父はタクシーの運転手、
母は今迄専業主婦だったのに、スーパーのレジで一生懸命働いてる。

静かな台所で一人、お腹が空いたので冷蔵庫を空ける。
こっちに移るにあたって、冷蔵庫はファミリータイプから
ひとまわり小さい物に買い替えたようだった。
が、
あの頃と何も変わらない冷蔵庫だった。
外箱はかわっても、東京で毎日覗いていた、あの中身だった。
自分ひとりの家では、何も考えずに食材を詰め込むだけ。
雑然とした自分の冷蔵庫とは、放つ空気も違っていた

ひとつひとつ丁寧に仕分けされ、整頓されている。
ちいさいタッパそれぞれに、なつかしい母の文字がテープで施してある。
どうせ父と自分しか見ないのに、ひとつひとつ几帳面に、
「しおこぶ」
「うめぼし」
「お父さんのくすり」
そして

「○○ちゃん(私)のよーぐると 食べたらだめ」

ああ、お母さんってこういう事よく書いてたよなあ。。
お母さん、今はパートだって忙しいのに。
昔ははずかしくって、子供じゃないんだからやめてって言ってたのに。
冷蔵庫全体が「おかえり」っていってくれてるようだった。
しばらく冷蔵庫の前で、一人で泣き崩れてしまった。
それから母が帰ってきて、夕飯を食べた。死ぬほどおいしかった。

少しだけど、来月から仕送り増やそう。。


447 :774号室の住人さん :2006/01/12(木) 00:17:09 ID:sds9Vju0
長いわりに地味だな。




泣いた


472 :774号室の住人さん :2006/01/17(火) 06:07:17 ID:WxPw+aam
すまん、オレも書き込んでいいか。

母子家庭で育って、30目前にして初めての一人暮らし。
オレはどうにかこうにか生活している。
日本じゃないので言葉の問題もいろいろあるけど、どうにか暮らしている。

今の時代、メールがあるから日本の友達やカーチャンとも連絡がとれる。
だから全然さびしくない。
別にホームシックになんかなっていない。なるわけがない。
自分で望んだ異国での生活だし。
仕事は実際楽しいし、生活も楽しい。
そう思っていた。

ある日カーチャンから段ボールが届いた。
久しぶりに見るカーチャンの字。見慣れた達筆。
ああ、この字って小学校の頃自分の身の回りのものに書いてあったなあ。
なくすといけないからって、何にでも名前書いてくれてたなあ。
なんだかひさしぶりだなあ。
一人きりの部屋でちょっとだけしんみりした。

段ボールの底に手紙も入っていた。小さなカード。

「元気にしていますか。寒いと思うのでトレーナーを送ります。
何か必要なものがあればいつでも教えてね。また会える日を楽しみにしています」

泣いた。号泣した。
短い文章だけれども、カーチャンの愛情がぎっしり詰まっているのがわかる。
正直言ってこの年まで気がついていなかったのかもしれない。
遅すぎるという奴は笑ってくれ。気が済むまで笑ってくれ。指差して笑ってくれ。
「親孝行のできない奴は所詮何にもできない」ってのはきっと真実だ。
オレはオレの母親がカーチャンであったことを誇りに思う。

直接言うのは、それでもやっぱり照れくさいからここで言わせてほしい。

カーチャン、今までありがとう。本当にありがとう。
心配ばかりかけてしまって、ごめんなさい。
こっちでの仕事が終わったら、オレの愛車でいろんなところに連れて行ってあげるから。
どうか元気でいてください。
時間があったら、こっちに遊びに来てください。
おいしい食べ物をたくさんご馳走するからさ。


乱文乱筆すまん。


480 :774号室の住人さん :2006/01/20(金) 05:15:26 ID:yrX2/K3/
中学高校と口うるさすぎてよく喧嘩して本当に嫌いだった母親。
小さいころはたくさん遊んでくれたのに、今じゃゴロ寝しかしない父親。
おじいちゃんの介護疲れと自分の病気と更年期もあって、
今考えればお母さん相当辛かったはずだ。
でもそのときは優しくできなくて、変に意地はって、口答えして。
家の中の空気が淀んでて、一刻も早くここから出たくて大学入学を機に
家を出た。一年目、親のいない自由な生活。大変だけど、何よりも
縛られていない解放感だけで充分だった。しばらく実家帰らなくていいやって思った。
一人暮らし始めてから、初めて実家に帰ったお盆のとき。
最寄駅に着いた時はもう夜。バスに乗って家に向かう。
バス停を降りてから家までの道を歩いて行った。一本道。遠くに家が見えた。
その瞬間に涙が溢れてとまらなくなった。
ああ帰ってきたんだなって思った。どんどん家に近づいていく。そこに人影が見えた。
こっちに向かって手を振ってた。・・・お母さんだ。
ほんとは走り寄って映画みたいに抱きしめたいくらいだったけど、
泣いてる顔見られるのが恥ずかしかったから、涙が渇くようにゆっくり歩いた。
ただいま。と笑顔で言えた。



487 :774号室の住人さん :2006/01/20(金) 21:47:33 ID:QJ7+RwPl
ここ一、二年で痩せ細って、きれいだった手もごつごつした血管が浮き出てきてた。
53才になって自営業だから一日12時間労働。
それでも母を慕ってるお客さんと話するのが楽しそう。
実家に帰って、また戻る日は忙しくても抜けて駅まで車で乗せてってくれる。

「お母さんはあんたがおらな淋しいわ」

そう言って私の顔に手をそえてきた。
笑って
「また帰ってくるやろ」
って言ったけど、泣きそうだった
お母さん、あなたを失う日がいつか来るのだろうけど、私はたぶん耐えられません。
親孝行するからこれからは自分の時間楽しんでよ。

いつかちゃんと言えたらいいなぁ。


529 :774号室の住人さん :2006/02/23(木) 00:07:37 ID:BlHsKfTi
一人暮らしをして3年目。久しぶりに実家に帰った。
父親は単身赴任、母親は病気がちだったが一人で暮らしてた。
久しぶりに母親と数日過ごし帰ることに。
帰り際母親の顔からは涙がなぜかあふれてた。
また遊びに戻ることを決意し別れた。
しかし一人暮らし先に戻った翌日病院から一本の電話が。
「○○さん(名字)が息をひきとられました」
との電話。母親は自分が翌日この世からいなくなるのを知ってて
あの涙を流したのか・・・。号泣した。生きてきて一番泣いた。
でも母親がなくなる直前に親孝行をできてよかったと思う。
それまでは25にもなって反抗してきた俺だから。
言い方が悪いかもしれないが最後に孝行ができて本当に良かった。。
最後の笑顔を見れて本当に良かった。
親は尊いかけがえもない存在。それを深く知ったあの日。
お母さん、今まで本当に、ありがとう。。


561 :774号室の住人さん :2006/03/10(金) 05:05:47 ID:FxxjUtdA
いいスレですね。
このスレ読んで、先日母に電話しました。
母は今年で50代の後半にもなるのに
朝から晩まで働いてくれて、僕も無事大学に進学することができました。
なんとか奨学金もとり特待生にもなれ、貧乏なうちでも大学に行くことができてます。
僕は今幸せです。ですが、母が幸せかどうかわからなかったので
思わず電話で聞いてしまいました
自分:『ごめんね、苦労ばかりかけて、楽しみとかないでしょ?』
母:『なにいってんの~、あんたが好きなことできれば、それでいいんだよ。』

放任主義の母とはじめてそんなことを話しました。

幼いときは、仕事で家にいなくて、話せなくて、たまにメソメソしてれば
『なにめそめそしてんの、男の子でしょ!』ってかつを入れてくれた母が電話の向こうで
歳をとっているのがわかっちゃいました。
そんな母の言葉をきいて、泣きそうになってしまいました。
この一年、正直たるんで時期もあったし、申し訳なさとうれしさが一気に来た感じで。

本当にこのスレよんで、親孝行しようと思いました。
プレゼントとかもしたいですが、まずは僕は僕らしく生きて行けることが
最初の親孝行だとおもいました。
皆さんアリガトウございました。
長文・下手な文で申し訳ありませんでした。


574 :774号室の住人さん :2006/04/12(水) 02:10:12 ID:4bkRz4dX
このスレ読んでたらたまらなくなって、さっきお母さんにメール送った。
普段面と向かってはなかなか言えない感謝の気持ちを書き綴ったけど、だめだね…
どんなに書いても、感謝の気持ちは書き表せない。
でも、私が感じてる感謝の気持ちの、せめて半分くらいは伝わっているだろうか。
将来は絶対に孝行するよ。

お母さん、あなたの娘として生まれて良かった。
生んでくれてありがとう。
無理しないで、長生きしてね。大好きだよ。


588 :774号室の住人さん :2006/04/22(土) 20:14:25 ID:59QGVB1R
わたしの場合は独立する意志を持っての一人暮らしでなく
同居していた親代わりの伯母が突然逝ってしまったから。
さんざん喧嘩したり憎まれ口叩いたりしてしまってばかりだったな。
喧嘩するのも憎まれ口叩くのも甘ったれてたからだよ。
それでもわたしが何もしなくても何でもやってくれて
仕事から帰ってくるとおいしい料理が並んでいた。
それが日常だと思っていた。でも、当たり前だけど違うんだよね。
わたしが何もしないでいるともちろんそのまま何もないままで。

葬式の時、喪主をやったんだけど責任感と忙しさで
悲しさに浸る間もなかった。親戚が帰った後猛烈に寂しくて
遺骨を前に涙が止まらなかったし、テレビの家族モノは見られなくなった。

いろいろ味付けとか教わっておけば良かったよ。
ここのみんなも失ってからじゃなくって気づいて良かったね。大事にするんだぞ。


619 :774号室の住人さん :2006/04/28(金) 01:12:35 ID:Ic2Eo6K/
高校生ぐらいから実家にいるがイヤになった。
3人兄弟の末っ子、母子家庭。
母親は口うるさいし、貧乏だし、
とっとと社会に出て自分だけの生活を楽しみたかった。

高校卒業を機に一人暮らしを始めた。
バイトで貯めた金ではボロアパートにしか住めなかったけど、
友達も沢山できたし、自立した気分で悦に浸ってた。
実家なんて正月に顔出すぐらいしかしなかった。

社会に出ても変わらなかった。
母親の手紙にも返事は書かない。 電話もかけない。
嘘をついてでも実家には帰らなくなっていた。

兄弟はみんな遠方で家庭を持っていたので、母親は長いこと一人で暮らしていた。
それを知っていても、学生時代の反抗心の欠片が残っていて、
親孝行なんて考えたことがなかった。

入社して12年、過労と心労で体を壊し、長期休職になったため実家に戻った。

久しぶりに見た母親は、驚くほど小さくなっていた。
目も落ち窪んで、シワも増え、頭は白髪で真っ白だった。

おれは自宅療養。 母親は高齢者パートで働いて、帰ってくると
おれの身の回りの世話をしてくれた。

体調も戻ってきて、多少家事を手伝うようになってから、見たくないものを見つけた。
母親の日記だった。

うちが貧乏だったのは、父親が家族を捨てたからじゃなかった。
父親が多額の借金を残していったせいだった。
数百万の借金、子供3人を育てながらかなりの年数で返済していた。

日記には「子供達に『父親に捨てられた子』という負い目だけは感じさせたくない」と、
何度も書かれていた。そんな気持ちも理解せず、金をせびり、駄々をこね、
その上母親から逃げ出したいと願ってた。
成人しても、母親のことなど気にも留めず、ただただ自分のためだけに生きてきた。

いっぱしの社会人として生きてきた自分が、人間的にいかにガキだったのか、
いかに母親に負担をかけてきたのかと思うと、
自分への嫌悪感が溢れ出して吐きそうになった。
消えてなくなりたかった。

体調が戻って仕事に復帰する時、子供のとき以来、初めて母親の前で泣いた。
心から謝った。
仕事を辞めて同居することも考えたが、
それは、母親が本当に望むおれの姿ではないと、なんとなく感じていた。
影で親戚に自慢してた息子が、こんなくだらない人間に育っていたと
見せたくなかったこともあった。

例え離れていてもできることはある。

父親が残した分の苦労と、おれが背負わせてしまった苦労。
老いた母親に、この先どれだけ報えるかわからないけど、
少なくとも、バカみたいに息子を自慢してた、
母親の尊厳だけでも守れる人間になりたい。


628 :774号室の住人さん :2006/04/28(金) 23:01:05 ID:fRgRv+vy
連休がとれたので実家に帰った。
母が 「お前の好きなブリの照焼き、沢山つくっておいたからどんどん食べな!」
と出してくれた。
2日間をゆっくり過ごし、 夜、帰る時に父が「もっと帰ってこいよ。」と。
母が「遠慮する事ないんだぞ。」と言った。
正月、盆も帰らず、帰るのは一年に一回、親孝行もしない俺に優しくしてくれる。
帰りの車を走らせ、
ふと両親のさっきの言葉を思いだすと、涙で前が見えなくなった・・・。
親父、お袋、何故こんな俺に優しくしてくれるんだ・・・。ありがとう。


681 :774号室の住人さん :2006/05/11(木) 11:44:26 ID:MAPMw2MV
オマイラ良い家庭で育ってんだな。まじ羨ましいよ。
肉親は大切にしろよ。


699 :774号室の住人さん :2006/05/13(土) 18:48:54 ID:ucxRSahd
今さっきのこと。
とーちゃんがいきなり家に来た。というか親父の車が走っているのを窓から見てしまった。
何事にも厳しかった父親。
部屋は散らかってて、間違いなくうるさく言われるだろうと思って正直
(何で来んだよ、しかもネットやってんだよ。マジウゼェェェ)と思っていた。
「ピンポーン」とチャイムが鳴った。俺はしぶしぶドアを開けた。
しかしそこには沢山の買い物袋を両手に抱えた父親の姿があった。
沢山の冷凍食品、野菜、インスタント食品、さらには10㌔のお米まで。
俺があっけにとられていると父親は言った。

「ちゃんと食ってるか不安だったからいっぱい買ってきたよ。
それにこの雨じゃ買い物にも行けないだろう。」

突然俺の中にこみ上げるものがあった。
何言ってんだ、父ちゃんにそんなお金の余裕があるわけないだろ。
俺は恥ずかしさと情けなさで顔を上げれなかった。


俺は母さんを五歳のときに失った。それからは父親がずっと遊びに連れてってくれたり、
天気のいい日はキャッチボールをしてくれた。
中学校教師という精神的にも金銭的にもキツイ仕事でも
俺の為に一生懸命働いてくれた。
それなのに人の気持ちも解らず
俺は小さいころから「幼くして不幸になった」と一人で被害者ぶって
内気になり、あまり人と付き合わなかったり、
「お前は母さんを殺した。俺を不幸にさせやがって・・・」と父親を憎み、冷たく接した。
高校を出て就職し、会社は遠い所だったので一人暮らしを始めることにした。
やっと自由になれた。これから自分だけの生活だ。つらい過去はもう忘れよう。
などと浮かれて自分にとって都合のいいように解釈して今まで過ごしていた。
しかし、暗めで内気な俺に友達を作ることは難しかった。

俺は、家でも会社でも一人ぼっちになってしまった。

寂しかった。

さっき父親が来るこの瞬間まで、(俺は一人ぼっちだ・・・)と半分鬱になっていた。
けれど、俺は一人ぼっちなんかじゃなかった。
こんな自分でも心配してくれてる人がいるって事を知った。


俺は父親の顔を見れなかった。

俺は何をしていたのだろう?
父親を憎み、嫌い、避けて来た自分を殺したかった。


せっかく遠い所からわざわざ来てくれたのに
俺は泣いてるところを見せたくなくて、トイレにこもっていた。

「じゃあ、元気でやれよ。」と、父親は玄関から言った。
俺は見送るために一生懸命顔を洗って玄関に向かった。
俺は目を真っ赤にして父親を見送った。

父ちゃん、いままでありがとね。
面と向かって言うのは恥ずかしくてできないけど、ここで言わせてもらうよ。
考えてみれば、愛する人を亡くして、
一人で働きながら子育てしてきてくれたんだもんね。
俺なんかより、ずっとつらかったよね。
ごめんね。ごめんね。ごめんね。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
父ちゃんがいままでくれたもの、これからいっぱい、いっぱい返して行くよ。
だから、もう安心してね。
これから、いっぱい返して行くから。


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