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中国 ヨーロッパはどっちがましな生活だったか

2ch



1: 世界@名無史さん 2004/01/31 01:23:00
民衆の生活レベルは、古代~中世では、どっちがよかったのか
3: 世界@名無史さん 2004/01/31 03:23:00
中国の王朝末期の大戦乱を思えば、ヨーロッパの方がよかったのでは。。。

5: 世界@名無史さん 2004/01/31 03:27:00
時代によるんじゃないか。

7: 世界@名無史さん 2004/02/01 03:05:00
どの階級で生きるのかによっても違うね。

8: 世界@名無史さん 2004/02/01 05:04:00
ヨーロッパ・・・中世になっても道端で排泄するのが当然
        庶民の食うパンは固すぎて歯がボロボロになる
        カトリックによる独善的社会秩序

中国・・・残虐刑や人食いが他地域より一般的
     山に入ったら少数民族に攫われる
     山賊が王になったりする力こそ正義な社会

10: 世界@名無史さん 2004/02/01 16:01:00
反乱者である農民階級が政権を取れるということで、
中国の方が良かったんじゃ。

11: 世界@名無史さん 2004/02/01 16:03:00
死後の世界に安寧があると信じられる欧州のほうがよかったんじゃない?

12: 世界@名無史さん 2004/02/01 17:59:00
食事風景

ヨーロッパ:テーブルに窪みが座席の数だけ作られていて、そこに鍋の中身を配っていき人々は手づかみで食事をした。(スプーン、ナイフは16世紀頃から普及)
中国:箸と茶碗などの食器で食事した。

喪前らどっちがいい?

111: 世界@名無史さん 2005/01/09 21:27:18
>>12
ものを手づかみで食べる民族は野蛮人なのでしょうか?
インド人は今でも手づかみで食べます。では、「0の概念」を創造したインド人は野蛮人なのか?
違うでしょう。彼らは右手でものを食べ、左手で用を足す。これは彼らの独特の「文化」なのです。

13: 世界@名無史さん 2004/02/01 18:10:00
医療
ヨーロッパ:まじないか、体系化されていない薬草で治療。

中国:既に漢方医療として体系化済。

喪前らどっちがいい?

23: 世界@名無史さん 2004/03/10 01:20:00
>>13

つか、中国って現在でもまじない、祈祷で病気直してるぞ。
気功法とかが良い例かな。

14: 世界@名無史さん 2004/02/02 07:41:00
当時の餓死する割合は、どっち高かったかと言えば
確実にヨーロッパでしょうね。。。

15: 世界@名無史さん 2004/02/02 07:47:00
一般民衆の生活レベル

ローマ帝国≧漢
ゲルマン諸国=三国志時代
唐>>>>フランク王国
宗>>神聖ローマ帝国
元≧神聖ローマ帝国
明=フランス王国

16: 世界@名無史さん 2004/02/02 08:41:00
ローマ帝国では下水施設も完備されていたのに、中世になったら使えなくなってる。
庶民は毎日風呂に入り、コロッセウムなどの娯楽施設を利用て楽しみ、
貧しければ麦の配給まで受けられたのに、中世は飢えるどころか、
不衛生が元でで黒死病が広まり、ヨーロッパ人口の何割かが死んでる。

17: 世界@名無史さん 2004/02/02 08:57:00
異民族と戦い続けている漢族中心の中国で、幸せだった時代ってあるのですか?
中国が一番繁栄していたのは、女真族の建国した清帝国(康熙帝 雍正帝 乾隆帝)が、の時代だったような気がするのは。。。やっぱり錯覚?

18: 世界@名無史さん 2004/02/02 10:55:00
>>17
庶民の生活レベルはどっちがよかったか、だ。
国家レベルで戦争が多いのはどっちか、ではない。

それを言うなら古代・中世でヨーロッパが本当に平和だったのはローマ帝国の勢力内だけ。

19: 世界@名無史さん 2004/02/02 14:54:00
まあ、どの階級を一般庶民とするかによるが、
ローマ帝国が裕福だったのは奴隷がマシーンの代わりをしてたからだろ。

日本では一般庶民が食えるようになるのは室町時代になってからなのだが、
唐とかヨーロッパとかってどうなの?

イメージとしては宋代か、ヨーロッパは南はルネサンス、
北は三十年戦争以降やっとって気がするが。

28: 世界@名無史さん 2004/03/10 05:37:00
都市と農村でも様相が違うからなぁ。
宋の都市は華やかだけど、農村は苛斂誅求が酷かったという水滸伝のイメージ。

62: 世界@名無史さん 2004/03/13 02:24:00
中国の政治体系や民度は春秋戦国~秦あたりでピークを向かえて、後は緩やかに下がり続けている気がする。


日出而作 (朝になったら耕して)
日入而息 (夜になったら休もう)
鑿井而飮 (喉が渇いたら井戸を掘って水を飲み)
耕田而食 (腹が減ったら働いて食おう)
帝力于我何有哉 (関係無い、御上様の権力、俺にとっては)

ギリシア人やローマ人と違うのは、奴隷が何でもやってくれての上での安住ではなく、アナーキズムと個人主義の上での安住。

70: 世界@名無史さん 2004/04/18 22:46:00
中世なんて、日本も含めて暗澹たる世界だろ。
まぁ、あの頃の例外なんて夷スラムや(東)ローマ帝国くらいのものだろ。


73: 世界@名無史さん 2004/05/09 01:26:00
>>70
中世の庶民にもいろいろあって、百年戦争から後のヨーロッパは黒死病での
人口減が逆に農民保護に繋がって比較的マトモだったと思う。
中国では唐までは閉鎖的な農業社会が大部分だっただろうけど、宋ぐらいから
商業・流通の発展により都市の城壁が壊されたり鎮などと呼ばれる商業の自然発展による都市が出来たりと大きな変化があり、庶民の生活もかなり変わった筈。
ロシアは中世から近世にかけて農奴制がビシッと敷かれていたみたいだから
庶民の生活は厳しかったかもね。
日本の江戸の場合地主、本百姓、町人なんかはマトモな生活が出来ただろうけど、小作人や下級武士は相当辛かったみたい。

86: 世界@名無史さん 2004/09/18 00:28:32
欧州ならイタリア、中国なら華南だな。
北国は、寒い上に、収穫も乏しい。

114: 世界@名無史さん 2005/01/10 04:24:52
平均身長を根拠に世界史上の色んな社会の栄養水準を比較すると、
トップは20世紀後半以降の先進国なんだけど、
それに次ぐのは狩猟採集段階の部族社会で、
古代中世の農業社会が谷間になっているらしい。
つまり、社会の文明水準と生活水準とは、必ずしも相関しない。

124: 世界@名無史さん 2005/01/14 02:22:11
堺屋太一が、「知価革命」って本の中で、
中国は、唐宋のころに、石炭を使うようになって、もちろん、
煮炊き、暖房が中心なのだが、その結果、えらくエネルギー事情
がよくなり、その結果として、ヨーロッパの中世のような状況に
ならず、亜近代ともいうべき発展があったということをいっている
が、このあたりは、専門的にはどうなのですか?

125: 世界@名無史さん 2005/01/14 03:44:58
その「近代」の定義とは何なのかにもよりますね。
石炭を燃料にしただけで先進的と言うのも変ですし。
手がかじかまない膏薬を冬の洗濯だけに使ってたという
話を思い出しました。
本当に「亜近代」なる近代の端くれを経験してたのなら、その後
いかに異民族に征服されようとも、19世紀のような無様な醜態は
見せないはずですし、現代の中国もほんの10年前まで
思想、文化、政治、経済、生活に至るまで全くの未開の国
だったのですから。
中国に変な理想を抱きたがる傾向は、あの世代には多いですからね。
それが進歩的だとかで。

129: 世界@名無史さん 2005/01/18 16:09:13
……何で、中国の生活水準が疑問とか言ってる奴に限って宋代を無視するんだろうな?
農業面での生産効率が上がり、工芸品の技術が極限に達した時代なのに。

唐代の庶民から比較すると、宋代の庶民は遥かに豊かな生活を営んでいたんだが。

137: 世界@名無史さん 2005/02/17 12:55:43
大航海時代の西欧=世界文明の一中心
産業革命以後の西欧=世界文明の中心

大航海時代の西欧は文明の革新性ではすでに世界一だけど富の集積ではまだ中国とかに全然負けてますから

145: 世界@名無史さん 2005/02/21 18:30:24
>>137
文明の発達では中国がすごかったのは唐~宋代じゃないの?
まあ富の集積とかはよくわからんが。
三大発明も進歩してないし。元とかしょぼいし。

138: 世界@名無史さん 2005/02/21 00:43:10
中世ヨーロッパだったら絶対中国のほうがいい。
その当時なら識字率も中国のほうが圧倒的に高い。
だいたい紙の普及が1000年ぐらい落差があるし。
ヨーロッパは中世はロクでもない生活環境だったので、
そこから抜け出そうと思って科学技術の発達に力を注いだ。
中国は快適だったからそれ以上を求めなかった。
…だから落差が出た、というのは勝手な仮説ですけど。

139: 世界@名無史さん 2005/02/21 00:52:36
中世の西欧とかその時代のユーラシア世界じゃ最底辺の地域だから
世界最高峰の文明中国と比較するだけでもおこがましいんじゃない・・・?
中世ヨーロッパをこき下ろす人が多いけど、それすら自分でも気付かんうちにヨーロッパ重視な見方になってる希ガス。
わざわざ貶すまでもない辺境の地域だから。
ヨーロッパ勢が世界的に重要性を増してくるのは16世紀からだから。

140: 世界@名無史さん 2005/02/21 17:33:36
>>139
それはないな
カール大帝とハールーン・アッラシードの同盟は世界史的な出来事だろうし


欧州主義は気をつけるべきだろうが
ヨーロッパは日本と違って鎖国的性格が薄い

148: 世界@名無史さん 2005/02/21 18:38:36
>>139
ルネサンス時代の西洋の文化とかすごいよ。技術も。
16世紀ってことは無い。
大航海時代や産業革命を可能にしたのは文明が進歩していたから。
中世って言ってもルネサンス期以前はその通りだと思うけど。

173: 世界@名無史さん 2005/02/22 18:21:59
古代中世 中国vs欧州 生活レベル対決を、

西暦0年(共和制ローマvs前漢末期)
400年(五胡末期vs民族移動期)
800年(フランクvs唐)
1200年(南宋vsアンジュー帝国)

でそれぞれやってみてはどうだろう。


213: 世界@名無史さん 2005/02/23 15:11:58
>>173
ローマ>>>>前漢(漢が貧乏というわけではないがローマが豊かすぎって感じ)

五胡=ゲルマン侵入期(どっちもどっち)

唐>>>>>>>>>>>>>>>>>>>フランク(論外)

南宋>>>>>>>>>>>>>>>アンジュー帝国(中華の最盛期と所詮中世ヨーロッパ、これも比較にならず)


というかローマ=欧州とは思っていませんが。
ローマは地中海文明ね。
欧州とはローマ崩壊後にできたもの。

184: おぎまる ◆JJi5gOTcvk 2005/02/22 21:47:36
>173
おもしろいですね。とりあえず中国側の情報を書きます。
ヨーロッパは詳しくないので補足よろ。


>西暦0年(共和制ローマvs前漢末期)

前漢平帝元始元年。王莽が安漢公を称した歳ですね。
その50年前に書かれた紀元前81年の政治討論の記録『塩鉄論』には、
・役人が市場を独占しているので物価が高く、国民が重税に苦しんでいる
・匈奴対策で防衛費がかさんでいる
などの問題があった事が書かれて居ます。黄河が決壊しましたが長く放置
され経済的に混乱をきたしていたようで、人身売買が公認されていた
など、どうも余り豊かそうな感じではありません。



>400年(五胡末期vs民族移動期)

東晋安帝隆安4年。孫恩の乱の最中です。北方は北燕・南涼・西涼
(この歳建国)柔然などが互いに争っている情勢です。
安帝は身体障害者で弟の司馬徳文の助けがないと日常生活が出来ない
状態で、まともに政治がとれず、一族が政治を行っていましたが
上手くいっていません。「政治が混乱していたので民衆が騒動を起こした」
と当時の記録に有り、叛乱が多発していました。
陶淵明がこの頃の生活を詩に詠んで居ますが、どうもろくに食物が
なかったようで、「近所の人に窮状を訴えた所酒がもらえて嬉しい」という
ことを書いています。陶淵明は一応下級貴族で土地持ちでしたが、
その人がこういう状況では庶民は相当苦しかったのではないでしょうか。

191: おぎまる ◆JJi5gOTcvk 2005/02/22 22:11:01

>800年

唐徳宗貞元16年。安史の乱終結後の人口回復期で、
徳宗皇帝と楊炎・劉晏などの経済官僚が経済復興に奮闘しています。
200万戸だった人口が300万戸強まで回復しており、
国家財政も好転しています。4年後、空海が日本から
来ていますが、その招来品の多いことは目を見張るばかりです。
長安だけで諸宗教の寺院が100余あり、これらの寺の人々は非生産
人口でしたからそれだけの人間を養えるだけの経済力はあったのでは
ないでしょうか。外国からのキャラバンも40程度あったようです。
長安の東市西市は繁華街で、あまりにも楽しいところ
だったので地方から来た科挙受験生が妓楼で金を使いすぎて
スッカラカンになり、流しで歌謡曲を歌って稼いでいたという
記録も有り、そうとうな豊かさが伺えます。
食べ物もギョーザやシシカバブーや讃岐うどん(の原型らしきもの)
などが流行っていました。

193: おぎまる ◆JJi5gOTcvk 2005/02/22 22:31:42

>1200年(南宋vsアンジュー帝国)

南宋寧宗慶元6年、金章宗承安5年。
農村復興運動に奮闘していた朱熹がこの歳に病没しています。
宋の首都臨安の人口は約200万人で非常に豊かな町だったようです。
出版が非常に盛んになり、朱子学や三国志演義や水滸伝の原型が流行っていたようです。都市は結構繁栄していましたが農村は疲弊していたようで、
この頃から現代中国が抱える都市と農村の経済格差の問題が出始めたとする
研究者も居ます。朱熹が駆け回って農協みたいなものをこしらえていたので、
組織化農業が出来るという事は、疲弊していた農村といっても、
世界レベルではそれほどひどくはなかったのではないでしょうか。
ちなみにこの六年後モンゴルが建国されチンギスハーンの快進撃が
始まります。

216: 世界@名無史さん 2005/02/24 00:58:54
過去150年間、今後50年間をのぞけば
西欧は中国とは比較にならない田舎だよ。
東欧はいつも中国西域と同程度の貧しさだし。

217: 世界@名無史さん 2005/02/24 02:51:25
技術だの思想だのはともかく、所得の面で西欧が中国を抜いたのは
19世紀の半ばにもなってやっとだからな。
それ以前は中国と比較されるべき文明地はイスラムやインド、ペルシアだったわけで。

219: 世界@名無史さん 2005/02/24 19:44:08
ちなみに産業革命で西欧文明が起こったのではなく
西欧文明で産業革命が起こったのである。
農業社会から工業社会への転換はあくまで文明進歩の一つの段階に過ぎない。
それ以前でも十分西欧の力は桁違いだった。

220: 世界@名無史さん 2005/02/24 19:48:27
宋時代の三大発明の頃の中国・高度な医学で知られるイスラム(イラン)。
この二つが世界の中心であったのはチンギスハンの登場まで。
それらの技術が西欧に伝わり、改良が始まった頃から西欧が世界の中心となった。
そして西欧の技術は日本に伝わり、もうすでに改良が始まっている。

222: 世界@名無史さん 2005/02/24 20:02:35
一般庶民の生活レベルなら西欧が豊かだったのは1350-1500ぐらいで、
その後は人口増加によるインフレで次第に生活水準が低下し、
十九世紀後半にならないとこのルネッサンス期の生活水準を抜けないほどだ。
他方このころの中国は元末~明中期で一般庶民は豊かさとはほど遠い。
だからはっきり西欧>>中国だよ。この時代に関しては。
その後はまた逆転するけどな。

223: 世界@名無史さん 2005/02/24 20:44:59
>>222
それほど中国が貧しいとも思えないのですが、実際どうなのでしょうね。
16世紀ごろの西欧では貴族でも生年月日を知らなかったそうですが、西欧の僧侶が中国では乞食に至るまで自分の誕生日を知っているのが不思議だとも書いてます。
つまり社会システムは中国の方がまともだったのでは?

224: 世界@名無史さん 2005/02/24 21:15:24
>>223
>16世紀ごろの西欧

庶民は地べたに穴を掘って住み、
手づかみで食事していたんだよ。
中国とは桁違いに原始人な生活。

249: 世界@名無史さん 2005/02/27 08:55:37
>>224
じゃあケルン大聖堂やローマ教皇庁などの巨大建築はどう説明するの?
文明の進歩では西欧のほうが上だと思うよ。

257: 世界@名無史さん 2005/02/27 14:11:01
>>249
モンゴル帝国支配下って合理的な社会システムと市場原理が進んだ活発な市場があるとマルコポーロも感心してたじゃん。
宗教の弾圧もやってなかったらしいし。

276: 世界@名無史さん 2005/03/02 12:31:13
>>257
それって宋に寄生してただけだろ。

227: 世界@名無史さん 2005/02/25 03:54:14
漏れ、中国嫌いだけど、中世でどちらに住むって言われたら間違いなく中国を選ぶよ。。

ヨーロッパの中世って超不衛生で
ペストが流行りまくって80%の死亡率だったんでしょ

228: 世界@名無史さん 2005/02/25 06:58:25
>>227
死亡率80%ほどひどくはない。3割くらいになったらしいから70%の死亡率だな。

230: 世界@名無史さん 2005/02/25 10:32:49
清代までは西洋概念でいう中世だったんだがな
辛亥革命から近世と言うべきだろう
しかし古代がいつまであったのか問うとしたら難しいのだが

232: 世界@名無史さん 2005/02/25 15:35:42
中世の頃よりはマシになったと思うがそれでもまだユーラシアでは底辺の領域だろ。
ルネサンスで豊かだったのなんてイタリア半島だけ。

233: 世界@名無史さん 2005/02/25 15:49:19
十五世紀ともなればフランドル地方だってかなり豊かだと思う。
とにかくホイジンガの「中世の秋」ぐらいは読んだ方がいいぞ。
ユーラシアでは底辺の領域、なんてとんでもない思いこみだよ。

236: 世界@名無史さん 2005/02/26 09:03:21
中国も欧州も庶民の生活とは農民の生活と捉えて間違いあるまい。
人口の8割とか9割とか占める農民がどんな暮らしだったかが論点になる。
農民の豊かさ≒食の豊かさ だが、
耕作地の土地生産性は稲作だった中国の方が欧州よりも高いと思う。
小麦で米と同じカロリーを得ようとすると水田よりも遥かに広い小麦畑が必要ということだ。

239: 世界@名無史さん 2005/02/26 10:46:44
>>236
中国の北半分は小麦を主食としてます。
黄土の方が欧州の痩せた土(例外的に肥えた黒土地帯は、ずっと遊牧民に
占拠されていた)よりは生産性が高かっただろうけど、灌漑に依存する度合い
が高いので、水路を制御するシステムが崩壊すると、とたんに農業用水が
確保できなくなったり、逆に水浸しになったりする。
そうなると、耕作地を放棄してさまようしかなくなる。
その辺の極端さは欧州以上。



238: 世界@名無史さん 2005/02/26 10:11:27
欧州にしろ中国にしろ古代の建築物は多数残ってるが、日本はロクに
ないね。建築技術がお粗末だったのか。

240: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 2005/02/26 17:33:09
京都も応仁・文明の乱でかなりの打撃を受けましたからね。
かろうじて焼け残ったのが、鎌倉時代初期に建てられた千本釈迦堂の本堂。
六波羅蜜寺本堂も南北朝時代のもので、なかなか古い。(無名のみ挙げる)
10世紀から内裏も含めて度々火事の被害に遭っており、藤原道長の時代
には神鏡も原型をとどめていません。
『方丈記』に出て来る火事や地震の描写も、参考になるでしょう。

250: 世界@名無史さん 2005/02/27 10:10:05
このスレは、どっちがましな「生活」だったか、がテーマ。どっちがましな
「文明」だったか、というスレじゃないよ。
しかも、どちらかというと一般庶民(農民、職人、小商人など)の生活水準が
話題になってる。
庶民の生活が貧しくても、高い税率で吸い上げたり、あるいは広大な領域
から徴税したり、通行税や取引税などをしっかり徴収すれば、一箇所に沢山
の金が集まる。そうすれば、巨大な建築物を作ることができる。
建築物の大きさと庶民生活の豊かさは比例しないよ。教会の大聖堂は100年
単位の時間をかけて建設されているから尚更。
むしろ、定期市の存在の密度とか(市が立つということは、余剰農産物が生産
されているということ)、農具や農業技術の進歩とか、都市住民にかけられた
諸税の数と税率とか、そういう地味なところで比べるのがスレにあってると
思うが。

251: 世界@名無史さん 2005/02/27 10:25:26
国家の繁栄には文明の発達が不可欠。
文明が発達すれば建築技術だって当然進歩する。
また文化とは豊かさから生まれるものである。
この時期西欧の文化が発達したのは西欧がはるかに豊かだったからである。
なにせ西欧の主要都市には紫禁城の太和殿ほどの建物がごろごろ転がっていたという。
これだけで西欧と中国との富の差が今に桁違いであったかがわかる。
皇帝がほとんど神に祭り上げられていた中国では「庶民の豊かさ」など微塵にも感じられない。

268: 世界@名無史さん 2005/02/28 10:59:35
農村は両者変わらないから、都市民で考えるべきだろーなー

270: 世界@名無史さん 2005/02/28 18:42:26
>>268
農村も随分違う。中国では、唐代に小麦の二年三毛作(華北)や水田二毛作
(華中)、北宋に入ると水稲二期作が始まる。生産力では断然中国が上。
ただ、人口密度も高いから、高生産性=豊かな生活 とはならないけどね。

都市の比較も面白そう。中国だと唐中期から、農民の生活物資の交換に依拠
した草市が立ち始め、宋代には鎮とか市とかいう小都市が沢山生まれる。
欧州では12世紀頃に「商業の復活」によって都市が興隆したとされてるけど、
なんだか遠隔地交易をしているイメージがある。
欧州では鎮・市のようなごく狭い範囲での流通の結節点は発展しなかったの?

271: 世界@名無史さん 2005/02/28 18:54:16
欧州の都市は17,8世紀に入るまでは中国とは比較にならない小規模じゃないかな。
一番でかかったヴェネチアやパリでさえ人口20万行くか行かないかじゃなかったっけ

279: 世界@名無史さん 2005/03/02 14:03:17
宗教面では中国のほうが制約が少なかったろうね。
異端審問や魔女狩り、宗派間戦争は少なくともなかったし。

318: 世界@名無史さん 2005/03/17 23:08:05
魔女狩り・異端審問と滅九族とどっちが酷だろう(((ガクガクブルブル)))
宗教戦争が少ないのは中国に長があるが。(白蓮教や太平天国の乱があるが)

322: 世界@名無史さん 2005/03/29 19:58:37
>>318
滅九族の対象は主に士大夫層や勢家だろうし、庶民にはあまり関係なかった
んじゃないかな。魔女狩りだと隣のおっさんやおばちゃんも密告されれば捕まる
から、こっちの方が酷そうだ。

日本がいいってよく見るが、戦国時代の人身売買や人攫い、江戸時代の
奥羽北国での大飢饉なんかから考えると、室町以前だってそんなに生活レベル
や安全性が高かったのか怪しいような気がするんだが。
産業革命以前に、庶民レベルで本当に暮らしやすいのは、逆立ちしても飢え死にとかしそうにないポリネシアやマレー半島などの熱帯圏のような。

323: 世界@名無史さん 2005/03/29 23:35:09
確かに日本だって安全性に問題のある時代・地域はあるだろうけど
人身売買や人攫い、飢饉は世界共通でしょ。
日本の場合、食生活の貧しさが目に付く・・・中国と比べるとかなり貧相な気がする


325: 世界@名無史さん 2005/04/09 15:40:02
秀吉が人身売買禁止令を施行してから海外向けい輸出される奴隷はいない

326: 世界@名無史さん 2005/04/09 17:06:26
ところで中国や西欧の庶民の食事と日本の庶民の食事はどう違ったのかな。

327: 世界@名無史さん 2005/04/09 17:44:02
西欧 イモとか雑穀がメイン。塩漬けの魚と畜肉がご馳走。

中国 今の中国辺境とまあ変わらない。生ものを食べない。

日本 戦前の山間僻地や離島と変わらない。生ものが好き。
   台湾や越南も同じような者。

328: 世界@名無史さん 2005/04/09 17:45:02
中国の民衆って言うと凄く貧しいってイメージある。


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