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ゆず湯に入りたい

2ch



もともと貧乏だったのに、俺が9歳の頃に大好きだった親父が死んだ。
妹がもうすぐ産まれると言ってはしゃいでたのに、働いていた工場で機械に挟まれて死んだらしい。

それから2ヶ月後に妹が産まれた。
親父が生きている頃の母は専業主婦だったが、妹が産まれてからすぐ職を探した。
妹を保育園に行かせるお金がなかったから、おばさんの家に預けて、スーパーでレジを打っていた。
「おばさんの家が近くて、よかったね。」と母が何度も言っていたのを覚えている。

俺が13歳、妹が4歳になった頃には、親父の遺産も底を尽きて、家計が厳しくなってきた。
母の収入だけじゃ食費もままならない状態で、ご飯は朝と昼の2食だけ。
母はかなり痩せ、以前よりやつれていた。
腹は減るけど、不幸だとは思わなかった。幸い妹は元気で、俺の学校での成績はよかった。
俺はいつも母に「大きくなったら大手に勤めて、母さんに楽させてやるからな。」と言った。
それを聞いて母は、いつも「ありがとう」と笑ってた。

その年の12月のある日、妹が「ゆず湯に入りたい」と言い出した。
俺の家ではほとんどテレビをつけないから、多分おばさんの家で見たのだろう。
俺が妹に「ゆずはちょっと高いから、今は無理かな。また今度な」と言っても、妹は聞かない。
とうとう泣き出してしまった妹に母が言った。「ちょっと待っててね、今ゆず買ってくるから」
そんな余裕はないはずなのに、母は出かけていった。
数十分後、母がビニール袋を提げて帰ってきた。
袋の中には、みかんが2個。きっとおばさんの家から貰ってきたのだろう。
しかし妹の喜ぶ顔を見ていたら、別にゆずじゃなくても良いような気がして、何も言わなかった。

その晩、みかんが2個浮かんだ風呂から、母と妹が上がってきた。
妹は満面の笑みで「気持ちかったーーー」と喜んでいる。
そんな妹を見て、母も笑っていた。


俺は、片方が潰れた2つのみかんが浮かんでいる風呂に浸かりながら、
無邪気に笑う妹の顔と、久しぶりに見た母の楽しそうな顔を思い出していた。
ふと大好きだった親父の顔も浮かんで来て、涙が出てきた。
「親父、3人とも幸せだよ。まだまだ、これからだ。」
俺はそう呟いて、潰れていない方のみかんの皮を剥いた。


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