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Re.Re.Re.

2ch



遠くに住んでいる父方の祖父のことを、小さい頃から「頭のいい人」と聞いていた。
教師だった祖父は、定年後もパソコンなどの新しいことを、いつでも勉強していたらしく、なるほど聡明な人だったみたいだ。
そんな祖父が八十歳の時、癌になって入院した。
最初は軽い程度のもので入退院を繰り返していたが、いろんな場所に何度も発症している内に、寝たきりになってしまった。
そんな祖父に、父は病院に特別な許可を得て、一つの携帯電話を渡した。
祖父はその動けない身体で、黙々とあの分厚い説明書を読んでいたそうだ。
後で父に聞いた話だけど、病室で携帯を持つ祖父は、密閉されていながら外部と一点だけ繋がっている胎児みたいだったらしい。

そして、ある日の授業中に突然、
「レイ君。じいちゃんだよ。元気にしてるか?」 
というメールが僕の携帯にやってきたのだ。
僕は驚きながら、「入院してるんじゃないですか?」というメールを送った 。
少し時間を置いて、メールは返ってきた。
何か検査でもあるのだろうか、時々遅れることはあっても、絶対に途切れず確実に返ってきた。
そうして、僕と祖父のメールは日常化していった。
お正月にする、緊張と遠慮だらけの短い電話しか繋がりがない僕と祖父は、互いに知らないことばっかりだった。
好きな食べ物や、趣味、今までのこと。とにかく知らないことだらけだった 。
でもそのやりとりの中で、僕はとんでもないことに気が付いた。
僕は、祖父の名前を知らなかったのだ。
そもそも僕はいろんなことに無頓着で、近くの町の名前も知らないことがあったけど、祖父の名前を今まで知ろうともしなかったことに、胸がぎゅっと痛んだ。

それと別にやましいことなど何もなかったけど、何故かこのメールは父にも誰にも内緒ということになっていた。
当時は特に理由なんて考えなかったけど、祖父も僕も、メールをしているのが何となく気恥ずかしかったのかも知れない。
そうして、そのやりとりも三ヶ月を超えた頃。
祖父はすっかり携帯を使いこなし、顔文字や絵文字もたくさん使っていた。
元々、お茶目な人だったのだ。メールはいつも楽しくて軽快だった。

そんなある日、昼休みに携帯を開いた時、祖父から来たメールには、
「携帯を、持ってよかった」
という一言だけが書かれていた。
いつもの取っつき易い内容とは違っていたので、すぐに返信できなかった。
そうしている間に電池は切れてしまった。
充電器も持っていなくて、僕は仕方なく携帯をリュックにしまった。

そして家に帰った時、母さんが辛そうな顔をしていた。
僕の鈍い勘は、そこになってようやく嫌な予感を感じ取った。
祖父は、亡くなっていた。
話を聞くと、祖父が亡くなったのはあのメールを打ってから三時間くらい後のことらしい。
僕は、震えて壊れてしまいそうな気持ちで、携帯電話のメールボックスを開いた。
一番上には、やはりあのメールがあった。

――――――これは、祖父の遺言だったんだ。

もし今から自分が死んでしまうとしたら、どんな言葉を遺そうとするか、全く想像できない。でも祖父にとっては、この一言だったのだ。
僕とメールが出来てよかったなんていう、そんな一言だったんだ。

僕はメールに添付ファイルがないか、何かないか、必死になって探していた 。
でも、そんなものは影も形もなかった。
どこまでもあの一言だけ―――。
そう思って携帯を閉じようとした時、題名の欄に気が付いた。
見てみれば題名の欄には、返信を意味する「Re」が、それはたくさん並んでい た。
本文よりもずっとずっと長い、Re.の大群。
数えるまでもなく、明らかに本文よりも長かった。
でも、決して無駄や無意味なんかじゃないと思った。
それは間違いなく、祖父の生きていた大切な証だった。

「それで、お葬式だけど、どうしても無理なら……」
祖父の住んでいる所は、やっぱり遠い。
母さんはあんまり成績のよくない僕の、期末テストを心配しているようだ。
でも僕は、「準備しよう」と言って、その心配を断った。

返信できなかったメールの代わりに、会いに行こうと決めていたから。


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