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ジュンちゃんの首飾り

2ch



58 :大人になった名無しさん:05/02/10 15:46:30
私が小学校6年生の時、わかくさ委員になった時に受け持った生徒。

私の小学校では高学年の各クラスの代表が養護学級の生徒の登下校の引率をしたり、給食一緒に食べたり、勉強を手伝ったりする事になってて、私が六年生の時その担当になった。

朝早く起きて迎えに行かないと行けないし、休み時間も削って様子とか見に行かないといけない事もあって最初のほうはマヂで超イヤイヤやっていた。

「何で私ばっかなの。」っていつも愚痴っていたのを今も覚えてる。

そんな私が受け持った生徒がジュンちゃんといって家が近所のダウン症をもった生徒だった。

存在だけは同じ自治会で知ってたけど、会話とかは全くした事がなかったので打ち解けるまで凄く苦労した。

コミュニケーションが思うように取れず、その苛立ちからか叩かれたり、唾を吐かれたり、髪の毛を引っ張られたり、そんな事がしょっちゅうあった。

何度も担当を辞めたいと思った。

でも辞めれなかった。

今自分が投げたら、このしんどい仕事が他の友達にあたると思ったら辞められなかった。

同級生に苛められている所をかばった事もあった。

帽子をなくして日が暮れるまで一緒に探した事もあった。

そして目まぐるしく流れる日々の時間が私たちの垣根も取り払っていってくれた。


そして卒業式。校門を母親と出る私を、養護学級の生徒達と担任の先生が私を出迎えてくれた。

そしてジュンちゃんが自分で折り紙を使って作った、いびつな形をした首飾りを私にかけて

「おねぇちゃん。今まで、いろいろアリガト。」と、

たどたどしい言葉で一生懸命に言ってくれた。

養護学級の先生が

「卒業式までにお姉ちゃんにお礼を言うんだって、何ヶ月も前から発声練習をしてきたのよ。いつも途中で嫌になってすぐ逃げるんだけど今回は弱音も吐かず頑張ったのよ。誉めてあげて。」と言った時、

私は今までのジュンちゃんとの色んな思い出が走馬灯の様に思い出してその場でただ泣き崩れた。

あれから十数年。

私は今知的障害者施設で介護員として働いています。

自分が今の道に進むきっかけになったのは間違いなく小学生自分の経験があると思います。

ジュンちゃんは中学校の時、交通事故で車にはねられ亡くなったと、風の噂で聞きました。

私も仕事上色んな子供達とトラブルになり、気持ち的に参る時は決まって、あの時にもらった首飾りを眺め私の心の中で生き続けるジュンちゃんに勇気をもらって頑張る日々を送っています。


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