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戦時中は食べるものがなくてイモばかり食ってた

2ch



690 名前:ぱくぱく名無しさん 投稿日:2007/07/30(月) 20:46:58 ID:???
スレ違いかもしれんが…
戦時中(第二次世界大戦な)食べるものがなくてイモばかり食ってた、
なんて話は良くあるが、うちのじいちゃんばあちゃんもそうだった。

で、当時サツマイモは涼しい縁の下なんかで保存しとくものだったみたいだが
じいちゃんばあちゃんのところでは庭の地中に石でできた箱を埋めて、それを食料貯蔵庫にしていた。
もっとも中身はサツマイモくらいしかなかったらしいが。

62年前の8月6日、広島に原爆が投下された。
じいちゃんばあちゃん家は広島市中区、原爆の爆心直下であった。
幸いにじいちゃんは南方へ出兵中、ばあちゃんと当時子供の父親は岡山の実家にいたので助かったのだが、
広島の家が心配なばあちゃんは西国街道をチャリンコですっとばして戻ったそうだ。
火事場の馬鹿力だろう。ちなみにじいちゃんは南方でもイモばっかり、と今でもイモを見ると愚痴る。

広島の家に戻ると一面の焼け野原、というより地獄絵図だったらしい。
とにかくいろんなものが焼けた臭い、焦げた臭い、そして家は跡形もなく崩壊していたようだ。
がっくりすると同時にチャリンコで長距離走ってきた疲れもドッと出たばあちゃん、
それでも最後の望みと庭の食料貯蔵庫を開けてみた…

焼き芋…貯蔵庫のサツマイモ全てが、当然すでに冷めてはいるが焼き芋になっていたのである。
貴重な食料だがこうなってしまっては仕方ないと満腹まで冷めた焼き芋を食ったばあちゃんは
周りの同じ境遇の人たちに焼き芋を配って回ったそうだ。
俺の知っているばあちゃんは焼き芋をいつも冷ましてから食べた。
嬉しいような悲しいような複雑な表情で食べながら「おいしいねぇ」と言っていた。

そんなばあちゃんが昨日死んだ。仏前には冷めた焼き芋。
じいちゃんは愚痴りたそうな顔をしてイモをずっとながめている。


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